第224話 和彦と準決勝
俺達は遂に準決勝まで上がって来た。この試合に勝って次の試合でも勝てば、咲人に約束した通り優勝となる。
だが準決勝ともなれば、当然相手の高校もハイレベルだ。相手チームには、プロのスカウトも目を付けているピッチャーが所属している。
大阪平松高校の2年生、西岡亮平と言えば高校球児で知らない者は居ない。昨年1年生ながら先発で登板し、決勝まで投げ続けた有名人だ。
160kmに届くストレートに、多才な変化球。特に西岡のスライダーは厄介そのもの。複数のスライダーを巧みに使い分けて来る。
右打ちの俺から見れば、外角に向かって急激に曲がる球だ。変化球の中では球速が早く、ストレートと見分けるのが難しい。
試合が始まって1回の裏、俺達の攻撃が始まったものの走り出しはあまり良いとは言えない。
3年生で1番打者の江村先輩が、内野ゴロで綺麗に処理されて帰って来た。やはり決め手は、西岡の高速スライダーだ。
「先輩、やっぱやり辛いっすか?」
「西岡のスライダーは魔球の領域に進化した。殆どストレートと変わらん」
「そんなに見分けがつきませんか……」
平松高校が行ったこれまでの試合は、全て全員が目を通して研究はした。それでもやはり、癖の様な欠点が見つからず苦戦している。
ホームベース手前で勢い良く曲がるので、バットの芯を外されてゴロで終わるのが定番の打ち取り方だ。
江村先輩も完全にそのパターンで、バットに当てたまでは良くても外野まで飛ばずに初打席は終了。
江村先輩は1番打者を任されるだけの実力者だ。それでも魔球だと証言する以上は、やはり簡単に行く相手ではない。
分かってはいたけど、恐ろしい相手がここで立ちはだかった。俺と同じ1年生時点から試合に出ていた、2年生の右投げピッチャー。
生憎と昨年の甲子園では対戦出来ず、実際に西岡と対決する機会は得られなかった。
それに春のセンバツは不登校だった期間の影響で、スタメン入り出来なくて直接対決は出来ず仕舞い。
「これは厳しい戦いになるぞ、覚悟しておけよ馬場」
「分かってます。だけど、勝つのは俺達です」
「ははっ。お前、1年の時と比べて成長したよな」
成長したというよりは、自分を取り戻したって言う方が正しい。俺が見失ってしまった初心。
何故野球をこれまで頑張って来たのか、その一番大切な根っ子を思い出した。咲人と夏歩を、こうして甲子園に連れて来る。
それが俺の何よりも大切にしていた約束だった。今年は夏歩しか来れず、咲人が来られなくなったのは悔しい。
咲人の目標も俺の目標も、見知らぬ他人に余計な邪魔をされてしまった。やっぱり今でも許せないし、本当に腹立たしい現状だ。
だけど俺はそんなのに負けたくない。関係ない奴に邪魔をされても、俺は絶対に約束を果たす。
今年はダメでも、来年がある。来年こそ咲人を連れて来る。だけどその前に、先ずは今年の優勝だ。
「何とか出塁は出来たか。4番の高橋に期待するしかないな」
「キャプテンならきっと、何とかしてくれますよ」
「そうだと良いんだがな」
俺達高峰学園の4番打者、キャプテンの高橋先輩は10番の背番号を任されたショートだ。打って良し守って良しの頼れる先輩。
今は3番打者の木村先輩がツーベースを打って2塁に居る。2アウト2塁で4番打者が打席に立っている状況だ。
上手く行けば先制点が狙える。ただ問題は相手ピッチャーの西岡だ、そんな簡単に長打を連続で打たせはしないだろう。
ただヒット1本だけでも、まだチャンスは残せる。交代にさえならなければ何とか、そんな攻防が続くもお互いに大きな点差が開かない。
結局は1点を追う争いが続き、試合は進んで9回の裏まで厳しい争いが続いた。7対6の現状1点を取れば同点で延長戦、2点取ればサヨナラ勝ち。
「よっしゃあ! お前に任せた、頼むぞ馬場」
「……ふぅ、行って来ます」
「お前が優勝するって言い出したんだ、決めて来いよ」
キャプテンの高橋先輩を筆頭に、先輩達から送り出された。4番から始まった9回の裏は、現在1アウト1塁で俺はバッターサークルへ。
4番打者でキャプテンの高橋先輩は、スライダーを強引に打つもライトフライに留まった。
だけど監督の狙い通り試合が進み、5番打者の橋野先輩がヒットで出塁。そして6番打者の浜野先輩が今打ち取られたけど、ランナーは2塁へと進んだ。
ここで7番打者として任された俺の役目は、ここで長打を打つ事だ。最低でもツーベースを期待されているのは分かっている。
ああ、こう言う時はいつも咲人の方が向いているんだ。俺と違って冷静なアイツなら、きっと上手くやるのだろう。
昔からそうだ。俺が夏歩を怒らせて、咲人がスマートに対処する。咲人なら今ここで、冷静に考える筈だ。冷静に、アイツなら……きっと。
「失礼」
一言断りを入れてから、軽く屈伸をしてバッターボックスに立つ。自分に都合の良い流れは、自分で作るものだ。
9回まで先発の西岡がピッチャーを務めている。今じゃお互いの事は大体分かっている筈で、後は全力をぶつけ合うのみ。
今思い出したけど昔、咲人が言っていたんだ。その人がどうして欲しいのか、良く見ていれば癖が分かるって。
目線とか表情とか、体の動かし方とか。だから咲人は、ああして察しが良い男なんだ。俺にはまだまだ足りない能力だ。
でも咲人、少しだけ分かった気がするんだよ。昔お前が教えてくれたから、何となくだけど今ピンと来た。
2球を投げて1ストライク1ボール、そしてこちらを見た西岡の目。その目に中に、絶対の自信を感じ取った。
それならきっと、次に来るのはお前の十八番。投球フォームに入った西岡を見て、俺は勝負に出る。
「…………っ!!」
手応えはあった、狙った通りの高速スライダー。西岡の一番得意な変化球。しっかりと芯を捉えた打球は、真っ直ぐセンターへと向かって飛んで行く。
そして俺の打った打球は、綺麗にバックスクリーンに突き刺さった。観てくれていたか、なあ咲人?
和彦は咲人を凄い奴だと思っていて、アイツならこういう時どうする? そう考えます。似た者同士の親友だから。
だからこそ、3章の147話『寒空の下で』と似たオチで締めています。観ていてくれたか? と似た様な事を和彦も考えるというお話でした。




