第220話 頼れる大人の女性リターンズ
俺が目覚めて1週間が経った。色んな人達がお見舞いに来てくれて、毎日の様に美佳子が来てくれて。
そして画面の向こうでは、和彦が連日の様に活躍している。そんな俺はまだ、前に進む事が出来ていない。
馬場和彦ではなく、東咲人として歩む。それがどういう事なのか、まだハッキリとはしていない。
美佳子は少しずつで良いと言うけど、こうして1日中の殆どをベッドの上で暮らしていると不安だ。
ただ時間が過ぎて行くだけで、おれは何も出来なくて。ああ、お陰で1つ分かった事がある。
間違いなく俺は、ニートってやつには向いていない。その生き方はとても出来そうにない。
「また和彦は活躍しているのに、俺は……」
テレビの中では、三打席連続ホームランを打った和彦の話題で持ち切りだ。ピッチャーの焦りもあったのだろうけど、こればかりは仕方ない。
4番打者の3年生を乗り越えた先にいる、7番打者の和彦。恐らくは監督の采配なのだろうけど、中々に攻撃的な配置だ。
7番目に4番打者級の選手がいるという戦略。5番が打って盗塁ないし6番のバントがあれば、和彦が打席に立つ時には2塁にランナーが居る。
ツーベースヒットで1点、ホームランを打たれたら2点を失う羽目になってしまう。6番打者も出塁していれば、更に点数が入る確率が上がる。
それが今回の試合では、和彦による3打席連続ホームランだ。もうこれは決まったも同然だろう。
和彦は地区予選の時よりも、更に磨きが掛かっている。本当に凄い奴だよやっぱり。そんな風に思っていたら、誰かが部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
「入るぞ東。全く、個室とは随分と贅沢じゃないか」
「阿坂先生? ど、どうして?」
「お前な、私は養護教諭だぞ?」
退院した後も俺は幾らかの制限が課される。病院から出るなり、普段通りトレーニングとはいかない。
そんな無茶をしない様に注意したり、学校で何かあった時の為に主治医の先生と話したり。そのつもりで来てくれたらしい。
何より俺を担当してくれている村川という女性の医師は、阿坂先生と知り合いらしい。
案外世間は狭いと思うべきか、阿坂先生だしなぁと思うべきか。政治家の知り合いが居たとしても、俺は驚かない。
でもだからって、わざわざ見に来てくれたのか? 知らない仲では無いけれど、特別良い関係という訳でもないのに。
「お前が退院したら、私の指示に従ってもらう。勝手にトレーニングなんてするなよ」
「あ、いや……でも……陸上を続けるかは」
「何だ? 辞めるというのか?」
辞めると決めた訳じゃない。だけど自分がどうしたいのか、それが分からない。確かに陸上が、走る事が好きなのは東咲人の原点だ。
和彦みたいになりたくて陸上を始めたけど、純粋に得意だったからこれまで続いてい来た。
駅伝大会に出たいのも、俺がかつて憧れたから。世界陸上や、箱根駅伝を走る選手達に。あんな風に、俺もなりたいと思った。
かつて母さんに語った事がある。俺は世界陸上に出るんだって、そんな無邪気な子供の夢を。
だけど今の俺には、そんな熱量が湧いて来ない。憧れている気持ちよりも、失う恐怖と焦燥感が勝ってしまっている。
「ふっ、お前は辞めないさ、東」
「な、なんで、そう言い切れるんです?」
「20年以上の教師生活で、何人お前みたいな生徒を見て来たと思っている?」
阿坂先生が自分の車で病院まで、生徒を運んだ事は何度もあるらしい。頭から血を流す生徒の処置をした事もある。
俺の様に骨折した生徒も診たし、こうして交通事故に遭った生徒も当然居た。死にかけた生徒は俺で2人目らしいけど。
こんな大怪我ではなく、殴り合いの喧嘩で怪我をしたケースもある。とにかく沢山の生徒達を、養護教諭として見て来たそうだ。
その経験から、生徒の傾向や思考を読み取れるとか。妙に鋭い所があるのは、それが理由だったのか。
だからああやって、沢山の生徒に好かれているんだ。女子は困ったら阿坂先生に相談すると専らの噂だし。
ただそれはそれとして、俺が辞めないと断定する理由はなんだろう? 何かしらの統計でもあるのだろうか?
「お前みたいなヤツはな、東。辞めないんじゃない、辞められない」
「辞められない?」
「断言してやる。完治したら、お前は走っているとな」
阿坂先生が言う様な未来があり得るのだろうか? いやでも実際に、走れない事でストレスを感じてはいるのか。
そもそも走らない道を選ぶ事が、俺に出来るのだろうか? 今思えば、それは難しい事の様にも思えて来た。
辞めてその後、どうするって言うんだ? 葉山さんが言っていた様な、ただ後悔する日々を俺に送れるのか?
仕方ないと、本当に割り切れるのか? 確かに東咲人は、臆病で気弱で情けない男だった。
でもそれは、諦めが早いかどうかとイコールではないよな。臆病で気弱でも、欲求がないのではない。
目標を持てないという意味じゃない。だってそんな東咲人でも、馬場和彦に憧れる事が出来た。
「あれは数年前だったか。ソイツは辞めた側の生徒だがな、結局生き方は変わらなかったよ。散々悩んでいた癖に、好きな女が出来るなりコロッと立ち直ったけどな」
「……それって、もしかして葉山さんですか?」
「なんだ東、アイツと知り合いか? ……まあタイプ的に似ているし、おかしくはないか」
言い方は相変わらずだけど、阿坂先生の優しさみたいなモノを感じた。退院後の話も含めて、30分程会話をしてから阿坂先生は帰って行った。
ここ数日のやり取りで、俺は恵まれているのだと改めて感じた。そしてほんの少しだけど、初心の様な何かを取り戻しつつあるのを感じていた。
俺は最初から、走るのが好きだった。東咲人をやり直すなら、そこから思い出していかないといけない。
大谷選手のお陰で、どのレベルにしたら凄い高校球児になるのかもうわかんねぇっす助けて。
少年野球をやっていたのに、現在の凄い高校球児が全然分からないよぉ!
私の基準だと二刀流で盗塁も得意とか、もう全然意味分かんない領域なんです! そんなプロ居てたまるか! え、居るのぉ?
そして話は変わりまして、阿坂先生がヒロインの作品も書けるなぁと。
阿坂先生が担当した生徒の中で1人目の死にかけた生徒が、当時の阿坂先生にガチ恋して告白するも玉砕。
色々あって死にかけて、でもやっぱり未成年だから恋愛対象としては見て貰えず。だから社会人になってから、もう一度アタックして。
教え子の癖に生意気なって、思われながらも関係は発展して。そんな話も私としては好きだなって思いました。




