第218話 美佳子と最古参ファン
幾ら恋人である咲人が大怪我を負ったとは言え、美佳子には社長としての仕事がある。配信の方は休めたとしても、こちらは休めない。
代表としての責任を果たさねばならず、今も自宅のリビングで田村美沙都と共に実務をこなしていた。
家事の出来ない自分が、病院で役立たずだと実感させられた美佳子。だからこそトライしてみたものの、やはり向き不向きは存在する。
掃除洗濯料理と全てにおいて全滅し、悲惨な状態になってしまった。それほど家事が出来るわけでもない美沙都と、どうにか最低限の形には出来たが。
「ごめんね美沙都ちゃん、ボクが出来ないせいで」
「いえ、私もそんなに上手くないので」
「美沙都ちゃんはまだ未来があるけど、ボクの方はもう……」
30歳を過ぎて家事スキルがゼロどころか、むしろマイナス方向に振り切ってすらいる。そんな美佳子が今更小手先でどうにも出来る筈がない。
その事実がまた、美佳子に無力感を与えていた。ここ数日の間で、美佳子は自分の至らなさを痛感させられていた。
こんな事になるまで、深く考えずに生きて来た。如何に自分が咲人頼りの人間なのか、思い知った事で流石に美佳子も自分を省みた。
咲人の件は、決して咲人だけの試練では無かったのだ。一緒に頑張ろうというのは、そういう意味でもあったのだ。
「はぁ……本当にダメだなぁボクって」
「誰だって苦手な事ぐらいありますよ」
「そうなんだけどさぁ、咲人に何もしてあげられなかったし」
美佳子という存在が、咲人にとってもまた重要なのだがそれはそれ。当の本人である美佳子にとっては、どうしても気になるのであった。
家事が出来なくても良い、お金で解決すれば良い。だけどそれだけでは、解決出来ない出来事と遭遇した。
咲人の着替えをクリーニングに出す、確かにそれは可能だが父である東明宏でも出来る事だ。それは美佳子だから出来る事ではない。
確かに美佳子の方が金銭的な余裕はあるけれど、元から東家は特にお金には困っていない。
美佳子も咲人の入院費用を出すというのはごり押しで押し切ったものの、それだって半分ずつだ。
何よりも入院保険だって、後々下りて来る。それだけでなく、刑事事件としての裁判まで行う。
保険金に慰謝料など、多額のお金が動く事になる。そうなるとやはり、美佳子に出来る事は少ない。
「もうすぐ33歳になるっていうのにさぁ」
「40歳でも変な人って居ますよ全然」
「このままだと、ボクもそうなるんだよ?」
そんな美佳子を愛したのが東咲人という男子だ。本来はそれでも別に構わない、咲人が良いと思っているのだから。
掃除も洗濯も料理も、全部俺がやるから貴女が良い。それこそ咲人が告白の際に放った言葉だ。
それは美佳子とて分かってはいる、分かってはいるが複雑な気持ちにはなる。このままの自分で良いのかと、問わずにはいられなかった。
咲人にはああ言ったものの、美佳子は美佳子なりに悩んでいるのだ。配信を休んでいるのもあり、今はそれ程散らかってはいない。
あくまで美佳子基準での話ではあるが。だから少しは何とかしよう、という片鱗ぐらいは見えていた。
「ほ、ほら! 昔より綺麗ですし。初期の頃なんて、ゴミの山だったじゃないですか」
「……それはフォローなのかな?」
「もちろんです! 確かに成長はしていますよ!」
美沙都は美佳子が園田マリアとして、活動を始めた最初期から知っている。その当時から美佳子は美佳子だったので、それはもう酷い有様であった。
まだそれ程には配信業で稼げておらず、家事代行を呼べる頻度は低かった。今のマンションで暮らし始める前の事で、今ほど資産的余裕は無かった。
このマンションで暮らし始めたのは、6年ほど前になる。それ以前の家では、それはもう酷い有様だった。
それこそ汚部屋披露の企画で、全リスナーがガチでドン引きの超が3つ程つく汚部屋だった。
それを思えば確かに成長はしているのだが、やはりそれは美佳子基準で以下省略。
「配信も出来なくてさ、皆にも迷惑を掛けちゃったし」
「これで良いんですよ! こうじゃないとマリアちゃんじゃない!」
「み、美沙都ちゃん?」
「園田マリアは彼氏が入院したら超病むし、配信も休むし元気がなくなる。それはイメージ通りです! むしろ元気に配信する方が、解釈違いです!」
最初期からのファンとして、美沙都としてはそう言わざるを得ない。これでこそ園田マリアであるのだと、熱く語ってみせる。
後でちゃんと事情を話せば、皆は分かってくれるからと。だから今はしっかりお休みして、東君と帰って来て下さい。
そう言い切られてしまった美佳子は、温かいものを感じていた。今の美佳子に出来る事は、家事が出来ない自分を責め続ける事ではない。
今すぐどうにもならない事は後に回して、ただひたすらに咲人に寄り添い続ける事。
それこそが何よりも、篠原美佳子がやらないといけない事だ。他の誰にも出来ない、東咲人の最愛の人として。
「早く済ませて、東君の所に行ってあげて下さい! 合鍵も頂いたので、私は大丈夫です」
「美沙都ちゃん……」
「アルバイトとして、マリアちゃんのファンとして、私も頑張りますから!」
自分達は沢山の人達に応援されている、その事を思い出した美佳子は少しずつ勢いを取り戻して行く。
少し前にやった配信でだって、交際1周年を大勢に祝って貰ったのだ。2周年の報告を待っているからと、リスナー達は温かく応援してくれた。
だからこそ美佳子は、こんな所で立ち止まる訳には行かない。自分に出来る事を先ずは、最優先にやろう。
そう改めて決意した美佳子は、社長としての仕事を済ませ咲人の病室へと向かうのであった。




