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第216話 何故東咲人がこうなったのか

 東咲人(あずまさきと)は臆病かつ気弱で、引っ込み思案な男の子だった。こんな話を聞いて、今の咲人しか知らない人々は首を傾げるだろう。

 だがそれは真実であり、揺るぎない事実であった。活発さ自体は生来持っていたが、上手く発揮出来る様になったのは友達が出来てからだ。

 幼児時代の咲人は、今ほど前向きではなく人前に出るのが苦手だった。そんな咲人が3歳の時、幼稚園でとある男女と出会う。

 同じく幼い頃の馬場和彦(ばばかずひこ)と、三浦夏歩(みうらなつほ)の2人だ。その頃からヤンチャでリーダー気質だった和彦が、強引に咲人を誘う所から3人の関係は始まった。


「おいお前! はしっこで何してんだよこっち来い!」


「えっ、ぼ、僕?」


「お前しかいないだろ!」


 夏歩と一緒に遊んでいた和彦が、まだ馴染めずに1人で居た咲人を半ば強制的に仲間に入れた。

 最初の頃は子分みたいな扱いだったが、次第に関係が続いていく内に対等な友人へと変化していった。

 咲人が4歳になる頃には東家と馬場家、そして三浦家が家族ぐるみで親交のある間柄となっていた。


 その頃には既に、咲人にとって和彦はヒーローだった。自分よりも勇敢で、前向きで咲人と夏歩を引っ張る兄貴分。

 いつも2人の先頭に立ち、ついて来いと率先して動く。それで怪我をする事もあったし、3人まとめて親達に怒られる時もあった。

 ちょっとした喧嘩が理由で夏歩が拗ねてしまい、和彦とどうするか2人で頭を抱えた事もある。


「おい、どうする咲人?」


「どうって、和彦君が怒らせるからじゃないか」


「お、俺のせいかよ!?」


 拗ねてしまった夏歩の為に、咲人が花を摘んで持って行く。部屋から出て来た夏歩に、和彦が謝罪する。

 そんな風に3人で、少しずつ関係性を深めていく。そして咲人はいつしか、和彦の真似をする様になった。

 一人称を僕から俺に改めたり、ヤンチャな行動に出るようになったり。5歳6歳と成長して行き、小学1年生で和彦が野球を始める。

 お陰で更に咲人の中で、和彦への憧れが増して行く。自分もあんな風に、活躍出来る様になりたい。

 駆けっこは得意だったが、咲人は生憎野球に向いていなかった。だが3年生になった時、小学校でクラブ活動が始まった。


「お母さん! 俺、今日から陸上部に入ったんだ!」


「まあそうなの? 咲人は走るの好きだものね」


「うん! 俺頑張って、駅伝に出る!」


 テレビで観て、憧れだけはあった駅伝大会。大人達や高校生のお兄さんお姉さんが走っている姿は、咲人にとって凄くカッコイイ存在に見えた。

 これなら自分も、和彦みたいになれるかも知れない。母親の東翔子(あずましょうこ)から、応援に行く約束もして貰った。いつか世界陸上に、母親を連れていくとも。

 そうして咲人は、元気なスポーツ少年へと成長して行く。しかしこの3ヶ月後、咲人にとって忘れられない事件が起こる。

 東翔子の死、母親の死、それはまだ9歳だった咲人には重すぎる悲劇だ。一度は心を閉ざすレベルで、咲人は落ち込んでいた。

 咲人は何も悪くないのに自分を責め、せっかく根付き始めた明るさが翳っていく。そんな咲人を救ったのは、和彦の母親である馬場玲香(ばばれいか)と和彦だ。


「ほら咲人君、好きなだけ食べてね」


「遠慮するなよな!」


「う、うん」


 母親の様に接してくれる玲香と、本当の兄弟の様に励まし叱咤する和彦。そして夏歩も含めて、傷ついた咲人の心を癒した。

 そうして立ち直った咲人は、それまでの様に元気な様子を見せていた。だがそれが全て良い方に向かった訳では無い。

 ()()()()()()()()()()、母親の死と自責の念を抱え込む事が。結果咲人に生まれたのは、母親の分も頑張らないといけないという()()()()

 自分がしっかりとした大人に早くになって、母親の変わりに家事をやらないといけないと。

 手先が不器用だった父親を見て、その決意をした咲人は玲香に家事を教わり始める。この頃からだろう、年上の女性に惹かれ始めたのは。


「あら上手いじゃない咲人君、上手よ」


「そ、そうかな? 俺、料理上手い?」


「お前スゲーな咲人! 料理なんて出来るんだな」


 母親に似て家事のセンスがあった咲人は、モリモリと腕前を上げて行く。和彦や夏歩にも褒められて、一層努力を続けた。

 悩む事があっても、和彦ならきっとこうすると言い聞かせて乗り越えて来た。そして出来上がったのが、強迫観念を抱えたまま成長した咲人だ。

 時が経ち理由は薄れたけれど、強迫観念だけは残り続けた。和彦の様に頑張り続ける、母親の死という呪縛に絡め捕られた男の子。

 それが事故に遭うまでの東咲人だった。一言で表現するならば、甘えるべき時に甘える事が出来なかった少年だ。

 母役は居ても、心から甘えられる人が咲人には居なかった。結果誰かに甘えるという行為が、物凄く下手な存在になった。


「大丈夫かなこの格好で? 美佳子(みかこ)が変に思わないか?」


 大人びた男を過剰に意識してしまいつつ、美佳子との交際を続けて来た。それでも少しは甘えても良い事を学ぶ機会もあった。

 だがそれでも、東咲人という少年の心には見栄があった。美佳子から見てカッコイイ東咲人を、頑張ろうとし続けて来た。

 だが破壊されてしまった。馬場和彦の様な、東咲人というペルソナ。事故による怪我と、駅伝大会の欠場。


 そこだけ見れば悲劇だが、1つだけメリットもあった。本来の東咲人としての在り方を、取り戻す機会を得た。

 ()()()()()()()()()()()を、やり直すチャンスが来た。恋人である篠原美佳子と、親友である馬場和彦。

 2人を中心に影響を受け、咲人は変わりつつある。事故が齎した変化の時が、訪れようとしていた。

この強迫観念に関しては、私の実体験を活かしています。

3歳で母子家庭になったのですが、早く大人にならないといけないと思い続けていました。妹もいるものですから。


でそれはそれとして、新たな電波を受信しまして。本作完結後に書く作品候補が増えました。感想欄で意見を募集はどうかなと思ったので、近日中に活動報告に書きます。

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