第214話 和彦の覚悟
俺の幼馴染、東咲人は凄い奴だ。優しくて他人に寄り添えて、察しが良くて気も利く男だ。
昔から誰とでも分け隔てなく接する事が出来ていた。コイツは好きじゃないって、感じた奴には優しく出来ない俺なんかとは違う。
咲人は誰にでも優しかった。だからこそ分かるんだよ、夏歩が咲人を好きになったのも。アイツは俺に出来ない事が出来る。
小学3年生で母親を失って、立ち直れる奴がどれだけ居る? ましてや自分のせいだって、轢き逃げ犯じゃなくて自分を責められる奴がどれだけ居る?
俺にはそんな事は出来ない。きっと犯人を真っ先に憎んだだろう。でもアイツは違う、最初に責めたのは自分だった。
「馬場、話って何だ? レギュラー全員を集めたからには、何か意味があるんだろう?」
「はい、先輩達に聞いて貰いたい話があります」
「よし、言ってみろ」
俺は全てを話した。俺が塞ぎ込んだ時の事、そして咲人がしてくれた事。何よりも、ここに居るメンバーなら分かる筈だ。
あまりにも理不尽な理由で、全国大会を欠場せねばならない悔しさが。全国大会という晴れの舞台で、自分の実力とは全く関係のない理由による終わり。
それがどれだけ辛くて、悔しくて、虚しくて、だけど怒りをぶつけるべき相手は既に檻の中。
どうにもならない状況と、ただ悔しさを噛み締めるしかない咲人。許せねぇよ、何だこの仕打ちは? 咲人が何をした?
あんなに良い奴が受けて良い仕打ちじゃない。到底納得出来る話じゃない。だから俺は、アイツの為に出来る事の全部を、全てを、全力でやると決めた。
「俺はアイツと約束しました。俺が優勝したら、次はお前の番だって」
「それで? どうして欲しいんだ?」
「だから絶対、優勝したいんです! 無茶を言っているのは分かってます。だけど! 俺は!」
そうだ、野球は個人競技じゃない。俺がこんな事を言ったとしても、絶対勝てるなんて事は無い。
でも俺には、アイツに、咲人にしてやれる事なんてこれぐらいしか思い浮かばない。バカな俺には、咲人みたいに上手くやれない。
アイツならきっと、もっと良い方法を思いつくだろう。昔からそうだった、猪突猛進な俺と、冷静な咲人。
俺はアイツが居たから、ここまで来る事が出来た。咲人が居なかったら、俺は自分の至らなさに気付く事無く先に進んだだろう。
きっとこうして、レギュラーとして甲子園に出場なんて出来なかった。自惚れて、自爆して、取り返しのつかない所まで行って。
そこで漸く気付くのが関の山だっただろう。当然だよ、こんな俺を夏歩が選ばないのは。
いつもそうだ、咲人が居たから、俺たち3人は成り立っていた。咲人が居なくて俺と夏歩だけだったら、きっと今は無かった。
「俺は悔しいんです。アイツが全国駅伝を欠場させられた事が! こんな理不尽があってたまるかよって! だから元気づけてやりたい。咲人がまた、立ち直れる様に」
「ふむ……」
分かっているさ。こんなの俺の勝手なエゴだ。先輩達には何の関係もないし、そもそも咲人と何の関係性もない。
恩も義理もない見知らぬ他人の話と、馬鹿な後輩が好き勝手言っているだけ。そう思われても何ら文句はない。
だって事実としてそうだろう。先輩達は駅伝と一切の関係がない。そもそも咲人の事を何も知らない。
それでも俺は、これしか出来ないから。アイツの為に出来る事は、先輩達に頭を下げて訴えかけるだけだ。
どうして俺はこうなんだろう? 咲人ぐらい頭が使えたら。そうしたらもっと、良い未来が用意出来ただろうに。
「馬場、それは先日の駅前で起きた事件の話だな?」
「……はい、そうです。あんなのないでしょう!? あんなの!」
「お前ら、聞いたな!」
どういう事だ? ついさっきまでと違って、一気に空気が明るくなった。先輩達は楽しそうに笑っている。
こんなバカげた話を、受け入れてくれたっていうのか? 時事ネタだから、話題性があっただけか? いや、それでも良いさ。
それで咲人を勇気づけられるのであれば。アイツはもっと、世間から評価されるべき男だ。
幼くして母親を亡くしても、それでも負けなかった咲人は凄い奴なんだ。俺は認めたく無かった、あの咲人が母親を死に追いやった悪い奴に負けるのが。
悪人のせいで、ルールを守らない勝手な奴らのせいで、咲人が折れるのは納得が出来ない。
だから俺はあの日、俺に言えるだけの全てを伝えた。きっと論理的ではなかっただろう。滅茶苦茶な言い分だっただろう。それでも俺は、それでも……。
「面白れぇじゃねぇか」
「手術を受ける女の子に、ホームランを約束するみたいな?」
「まあ相手は男だけどな! でも悪くねぇ!」
「お前に頼まれなくても、最初から優勝狙いだよ!」
「ははは! そりゃそうだ」
先輩達……ありがとうございます。これで俺は少しでも、咲人に報いてやる事が出来るのだろうか?
それは分からないけど、同じ美羽市に住むスポーツマンとして見せてやりたい。良いか見ていろ咲人、お前が先にやったんだからな。
次は咲人、お前の番だ。俺の毎打席、見ておけよな。咲人、俺は成長したからな。中学時代とは全然違う。
咲人には想像も出来ないぐらい、活躍をするから観ておいてくれ!
こんな感じの男の友情が、大好物なのです。
映画バトルシップのミズーリに集まる漢達とか。




