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第213話 核となっていたもの

 俺が目覚めたと聞いて、色んな友人達がお見舞いに来てくれた。美羽(みう)高校の友人達だけでなく、中学時代の友人達も来ていた。

 俺の事故が美羽市で大きなニュースになったらしく、殆どの友人知人が認知したみたいだ。

 そりゃそうだろう、平和で平凡な地方都市で飲酒運転とひき逃げが起きたら話題になる。

 どうやら犯人は関東の人間で、そちらでも複数の強盗殺人事件を起こして逃亡中だったらしい。

 そんなとんでもない奴が犯人だったと聞いて、ある意味納得だった。明らかに異常な行動だったし、これで近所に住むサラリーマンだったと言われた方が驚きだ。


 再び訪れた刑事さんが言うには、俺の件も合わせて相当重い刑が科せられるのは間違いないらしい。

 悪質性が非常に高く、最悪死刑も有り得るそうな。ちゃんと裁かれるのは良いけれど、それで俺の時間が巻き戻る訳じゃない。

 これでスッキリとまでは行かなかった。とは言え夏休みを利用して、お見舞いに来てくれる友人達の存在は有難かった。

 今は昨年同じクラスだった雄也(ゆうや)河田(かわだ)さんが来てくれていた。今も交際は続いているみたいで良かった。


「マジでびっくりしたぜ、咲人(さきと)が死にそうって聞いてよ」


「すまん、心配させたな雄也」


(あずま)君、もう平気なの?」


「俺は元気なんだけどさ、1ヶ月は入院なんだよ」


 美佳子(みかこ)や父さん、そして友人達のお陰で良い気晴らしにはなっている。1人で居ると、つい考えてしまうから。

 俺の置かれた現実と、将来の不安に。暫く2人と会話して、帰ってしまうまでは良かった。

 再び1人に戻ると、心がどんよりとした真っ黒なモノに侵食されていく。母親と夏の駅伝大会。2度も大事なモノを奪われて、俺の心はぐちゃぐちゃになっている。


 おまけにあと1ヶ月近くも体を動かせない。トレーニングが出来ない。走る事も出来ない。

 とてつもないストレスが襲い掛かり、どうにかなってしまいそうだ。……もう諦めてしまった方が良いのかな。

 こんな想いをするぐらいなら、頑張ったってさ。またこうして奪われたら、その時はどうする?

 来年もまた理不尽に見舞われたら? 母さんが死んだ時の悔しさと悲しみも蘇り、俺の思考はどんどん悪い方に向かう。


「よう咲人、起きてるか?」


和彦(かずひこ)


「……やっぱりな。あの時と同じ目をしている」


 入って来るなり神妙な顔つきで、和彦がこちらを見ている。あの時って、何の話をしているのだろう?

 和彦と共有して来た時間は沢山有り過ぎて、いつのどの話をしているのか分からなかった。

 思考が暗い方へ向いているからか、尚更察する事が出来ない。困惑する俺に向かって、和彦は話を続ける。


「もう何もしたくない、って所か?」


「っ……別に、そんな」


「お前のお母さんが亡くなった時に、お前が自分で言った言葉だぞ」


 そんな昔の事…………ああ、思い出した。そうだった、確かにそんな事もあった。母親を失い、自分を責めて後悔して。

 自分がここに居て良いのかも、良く分からなくなった。その内に何もしようと思えなくなって、公園のベンチでボーっとしていた。

 そうしたら和彦がやって来て、凄く怒っていたんだよな。そうだ確か、悪い奴に負けるのか? と言われたんだっけ。


 お前が悪い奴に負けてやるのはおかしいと。今思えば滅茶苦茶な理論だったけど、正しい部分もあって。

 お母さんが応援してくれた陸上も、ここで辞めちゃうのかよって言われたんだ。あの時はそれで、何とか起き上がれた。

 でも今回は違うんだよ和彦。俺にはもう、気力が湧いて来ないんだ。もう一度立ち上がる勇気が、心のどこにもないんだ。


「俺はさ、楽しみにしていた。咲人が1位を取って、優勝して帰って来るのを」


「……俺だってそうしたかった!! でもっ!」


「分かっているさ。お前が悪いんじゃない。俺だって本当なら、今すぐにでも犯人をぶん殴りたい。良くも咲人(親友)に大怪我を負わせやがったな! ってさ」


 和彦の目には、明確な怒りの感情が灯されていた。自分の事の様に、激しい怒りを燃やしている。

 やっぱりこう言う所は昔から変わっていない。その事は嬉しいけど、俺の心には鬱屈とした感情ばかりが生まれて来る。

 病院のベッドの上というのが、余計に影響しているのだろう。どうにも出来ない無力感が、容赦なく叩き付けられるから。


 お前は怪我人だぞと、言われているみたいで。そして実際に怪我人なのだという覆らない事実。

 駅伝大会が終わる瞬間をこの目で見ていないせいで、心の整理がまだ終わっていないんだ。

 目が覚めたらただの夢で、本当は大会の前日だったとならないか。そんな事まで考えてしまうんだ。


「だから次は()()()()咲人、()()()()()()()()()


「…………え?」


「俺が甲子園で優勝して来たら、次はお前が冬の大会で優勝しろ。俺とお前の、男の約束として」


 決意に満ちた表情でそう言うと、和彦は俺の病室を出て行った。確かに俺の病室にはテレビが置かれている。

 入院している絶対安静の立場である以上は、和彦達の全試合をゆっくり見る時間は余裕である。

 だけど、それで俺にどうしろって言うんだよ和彦……。俺はお前みたいに、強い男じゃないんだ。

 俺はただお前みたいになりたくて、皆のヒーローだったお前に憧れたからここまで来られただけだ。


 東咲人()では、馬場和彦(ヒーロー)にはなれないんだよ。お前は俺が走る姿を見て立ち直れる強い男で、俺はお前に憧れただけの男で。

 スタートが違うんだよ和彦、俺はやっぱりあの頃と変わっていない。立ち上がりたくても、立ち上がれない。

 また失うのではないかと、恐怖が俺の邪魔をするんだよ。だってしょうがないじゃないか。

 東咲人()はただ、和彦君の真似をしていただけの偽物なのだから。

ややスパダリ風味で、高校生にしては大人な咲人の真実その1です。

どうしてこういう男の子だったのか、それは和彦に憧れたから。だから和彦が塞ぎ込んだ事が信じられなくて、ああして3章で付き合い続けました。

優しくて面倒見が良いというのもあります。でも何よりも自分にとってのヒーローが、倒れたなんて信じたくないし信じられない。

だけど自分は和彦じゃない。東咲人君が3章でああして頑張って、5章でこうして折れてしまった理由です。


あと手術を受ける子供にホームランを約束するみたいな、アレって良く考えたら意味不明ですよね。それと手術はまた違うやんって言う。

でも男の子はこう言う展開が好きなんだ、男の友情ってこういうヤツじゃん! 理屈じゃねぇんだ男の子はよぉ! っていうのを詰め込みました。それが5章のメインテーマです。

次回、和彦君視点です。

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