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第209話 咲人の危機

 ()()()()()()()()()()、ボクの名前を呼ぶ咲人(さきと)の声が聞こえたと思ったら、何かに押されて道路を転がった。

 沢山の音と叫び声が、あちこちで聞こえる。地面を転がった衝撃で、少し頭がクラクラする。

 突然の出来事に混乱する頭を押さえながら、ボクは横断歩道にいる筈の咲人の姿を探した。


 だけどどこにも姿が見当たらない。横断歩道の上には、咲人の日傘が()()()()()()()で落ちていた。

 どういう事だろうと思って周囲を見渡すと、人が集まっている場所がある。まだ道路を転がった衝撃でフラフラするけど、何だろうと思ってそちらを見た。

 そこには見覚えのある背格好と服装と、真っ赤な、真っ赤な……。何で? 何が起こっているの?


「え……? さ、咲人?」


 どういう事なの? 何が起きたの? 何で? だってさっきまで一緒に隣でいつも通りの咲人が立って……立って……。


「咲人っ!!」


 思わず駆け出したボクは、近付くに連れて現実が見えて来た。信じたくはない、夢であって欲しい。

 だってどうして、こんな事になるなんておかしいじゃないか!? ボク達が何をしたって言うの!? もう間違いない、いやだ嘘だどうしてだよ何で!?


「咲人っ! ねぇ咲人っ!」


「ストップお姉さん、まだ触っちゃだめです」


「だって咲人がっ!? 咲人っ!?」


 血だまりに倒れているのは間違いなく咲人だった。ついさっきまで隣で笑っていた筈が、どう見ても大怪我を負って意識も失っている。

 縋り着こうとしたボクを止めたのは、看護学校に通う生徒だった。まだ混乱しているボクに、男女2人組の看護学生が説明をしてくれている。

 だけど全然頭に入って来なくて、分かったのは救急車を呼んだ事と急に動かしたら危険だと言う事ぐらい。

 こんな時に何も出来ない自分が、あまりにも無力だった。Vtuberなんてやっていても、今の咲人にしてあげられる事は何もない。

 幾らお金があったって、今この状態の咲人を救う方法がない。大人のボクには何も出来ず、看護学生に任せるしか出来ない。


「咲人はっ、助かりますよねっ!? 死んでないよねっ!?」


「まだ息はありますが、出血が少し多いので」


「お姉さんこの子の知り合いですよね!? ならここを抑えていて!」


 女の子に言われるがまま、布をあてがった咲人の傷口を任される。何も分からないボクは、ただ抑え続ける事しか出来ない。

 ジワジワと滲んで来る赤黒い液体が、咲人の命を減らして行くようにしか見えなくて。ボクはただ泣きながら抑え続ける。

 今考えている事も、ちゃんと冷静になれているのかも分からない。どれだけそうしていたのだろう? 3分? 5分?

 それとももっと長い時間? 遠くから救急車の音が聞こえて来て、気が付けば近くまで救急車が来ていた。

 救急隊員の方に呼ばれて、またしても言われるがままで救急車に乗った。すぐに救急車は発進して、ボクは質問を受けていた。


「この子とのご関係は? ご家族の方ですか?」


「ああえっと、その、ボクの彼氏で」


「ではこの子の血液型は分かりますか?」


「あの、えっと……あっ、えっ、A型です」


 それからも親族の連絡先だとか色々と聞かれたけど、もう何を答えているのかも分からない。

 人工呼吸器を付けられた咲人は、まるで死んでしまったかの様に見えてまた涙が溢れて来た。

 どうしてこんな事になったの? ただボク達は普通に過ごしていただけなのに。ボクは何か悪い事をしましたか神様?

 咲人は何も悪い事をしていませんよ。ずっと良い子で、真面目で、優しくて、ボクみたいな人間を愛してくれて。それで、それで……。


「ぅぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「落ち着いて下さい! 彼はまだ生きていますから!」


「っあっ……うぐっっ……ぐずっ……はい」


 その言葉で少しだけ落ち着いたボクは、救急車の中に設置されたバイタルサインが目に入った。

 正確な見方が分からないけど、心臓がまだ動いているのは間違いない。でも見続けるのが怖い。

 ピッピッという音が、いつか致命的で最悪な音へと変わってしまわないか不安で仕方がない。

 今は一定の曲線で波打つ線が一直線になってしまったら、想像するだけで不安と恐怖が押し寄せて来る。

 どれぐらい走ったのか分からないけど、病院についたボク達は流れでそのまま救急車を降りて移動した。あっという間に咲人は集中治療室の中に消えて行った。


「死なないでぇざぎどぉ」


 さっきから時間の経過がまったく分からない。何時間経ったの? まだ5分ぐらい? 30分? 2時間?

 もう何も分からないけど、傷ついた咲人の姿が頭から消えてくれない。血だらけの咲人が、ボクの見た最後の姿になったら?

 そんなのボクは耐えられる気がしない。そうなったらもう、何もかも手に付かないしやる気も起きないからその時はボクも死のう。


 どうしても最悪の想像ばかりが頭をよぎる。もし助かっても、下半身不随になったら? もう走れない体になってしまったら?

 脳に異常が残って、料理が出来なくなったら? 生きていてくれたら嬉しい。でもそれだけじゃあ咲人の夢が潰えてしまう。

 そんなのはあんまりだ。ちゃんと普段通りの咲人に戻って欲しい。例えボクの事を忘れてしまったとしても、咲人が元気になるならもうそれでも構わない。


篠原(しのはら)さん」


「あ、(あずま)さん……咲人がっ、ボクをっかばってっ、ボクがっ! 一緒に居たのにっ、こんな事になっでっ!?」


「貴女のせいじゃありませんよ。さっき警察の方に聞きました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 咲人のお父さんが告げた言葉が、ボクの脳裏に焼き付いて離れない。はぁ? 今なんて? 飲酒運転? ひき逃げ?

 なに……それ……? そんなヤツのせいで……咲人が、あんな事になったの? 何も悪い事をしていない咲人が?

 ボクは人生で初めて、本気で人の死を望む程の激しい憎しみを覚えた。

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