第208話 訪れた転機
3日後には全国駅伝大会の本戦が待っている。水道管の事故で延期になったので、8月開催になってしまったけど問題は無い。
結局7月にやるか8月にやるかの違いだけ。やる事は何も変わらないし、確かな手応えを感じてもいる。
今回こそ区間1位を奪還し、先輩達と優勝の金メダルを持って帰るんだ。陸上部の駅伝メンバーも全員が良い調子で、皆で1位を狙う気満々で今日まで来ている。
あとは3日後までに風邪でもひかない様に注意するだけ。無駄にエアコンの温度を下げ過ぎたり、遅くまで起きていたりしなければ大丈夫だ。
「ごめん咲人、お待たせ」
「大丈夫だよこれぐらい」
「女子トイレって混むからさぁ」
美羽駅前のショッピングモールに、美佳子と2人で買い物に来ている。色々と買い物が必要になったから、じゃあいっその事お昼でも食べに出ようかとなった。
必要な小物や、デスクワーク用のアイテムも少し購入した。左利きの田村さんに合わせて、左利き用のハサミ等が主な購入品だ。
ついでに美佳子の家で減って来た、いくつかの日用品や食料品も幾らか買い足しておく。
とりあえずはこれぐらいで良いかなと言う所で、一旦お昼にする事になった。駅前は飲食店が豊富にあるので、何を食べるか悩まされる。
「美佳子は何が良い?」
「ん~ボクは軽めが良いかなぁ」
「暑いもんなぁ今日も」
有難い事に今日も快晴で、太陽から厳しい熱気が照射されている。本日の気温は39℃と見事に人間には辛い陽気だ。
こうも暑いと、食欲もあまり湧いて来ない。でも食べないと夏バテになるという悪循環に陥る。
それもキツイんだよなぁ、夏バテもスポーツ選手としては大敵だ。気を付けないと、許容値以下の体脂肪率になってしまう。
男性は女性より脂肪が付きにくく落ちやすい。美佳子の健康管理もだけど、俺の体重維持という点でもやり難い季節だ。
とりあえず選ぶとしたら、喫茶店辺りか? サンドイッチの美味しい個人経営のお店があるんだよな。
「浜屋は? 喫茶店の」
「悪くないね、そうしよっか」
「じゃあ行こう」
喫茶店の名前と思えない店名だが、地元では人気のお店なんだ。どっちかと言えば洋食屋とかラーメン屋の印象を受ける名前だけど。
でも喫茶店として経営しているから不思議だ。店主のネーミングセンスが絶妙に変としか言えない。
まあ美味しいから別に良いんだけどさ。学生に優しいお値段設定で続けてくれているしな。
そこはもうただ感謝しかない。お昼時だったからか満席で少し待つ事になったが、結局10分程で席につけたので良かった。
浜屋の店内は一般的なファミレスより少し狭いぐらいだ。色んな年齢層の男女が店内に各々座っている。
窓際の席に通された俺達はメニューを選んで注文を済ませる。
「ねぇ咲人、この後どうする?」
「必要な買い物は済んだしなぁ。あ、コスメ見たいかも」
「お、良いねぇ。実は新しい店舗が出来たんだよ」
これまで関東の一部でしか展開していなかったブランドが、先日駅前でオープンしたらしい。
元モデルなだけにファッション関連の情報に詳しい美佳子は、既に店の場所まで把握済みだった。
そのブランドは男性向けも同時に展開しているらしく、カップルで来店する客も結構居るそうな。
面白そうだし興味も湧いたし、せっかくだからいつものデパート以外も見に行くか。
今使っているのより良い商品があるかも知れないし。何より30代から下の若い世代向けに力を入れているというのが気になる。
美佳子と商品ページを確認しつつ、注文した品が来るのを待つ。休憩も兼ねてゆっくり食べた後、俺達は目的の店舗へと向かう。
「あっつ~これ40℃あるだろ絶対」
「ボク溶けそう」
「日傘を差しててもこれだもんなぁ」
当然だが日傘を差しているのは美佳子だけではない。スキンケアを始めた俺が、日焼けを気にしない筈がない。
学校に行く時は日焼け止めを使うし、こうしてプライベートなら日傘も差す。何より多少なりとも、日差しを直接浴びないだけマシだ。
暑いのは変わらないけど。この辺ではまだ男性で日傘を差す人は多くない。東京だともっと多いのかな?
男性でも日傘を差すメリットは多いのになぁ。日傘なんて女々しいとか思っているのだろうか?
雨傘だって使うのだから、日傘だって同じだと思うけどな。良く分からない男はこうあるべき! みたいな思考が働くのかな?
「ここの信号長いんだよなぁ、早くしてくれ~」
「あづい~死ぬ~」
「死なないで美佳子、もうちょっとだから」
美羽駅前の一番大きな国道は、交通量が多くて信号も沢山ある。右折レーンが渋滞している所なんて何度も見た。
信号が赤になっても無理やり右折して行く車もいるので、歩行者的には結構危ない場所でもある。
信号無視で母さんを亡くしているので、そういう車を見ると本当に腹が立つ。ちゃんと守れよなって言いたくなる。
車に乗っているのなんて殆ど大人なんだからさぁ、しっかりして欲しいよ本当に。ほら見ろ、今も赤になっても右折して行った。
免許を取り上げろあんなの。暑さも相まって、イライラとしてしまう。おまけに改造バイクでも近くを走っているのか、ブンブンブンブンと煩い。
「やっと青になったか」
「もう無理~あづい~」
信号が青になったので渡り始めた俺達。少し歩いた所で強い風が吹き、美佳子が日傘を飛ばされてしまった。
大丈夫かと問いかけようと振り返った時、少し離れた所から激しい車のクラクションと怒号が聞こえた。
ふと目を向けると、赤信号なのに明らかに止まる気のないスピードで走って来るバイクが見えた。
そしてそのバイクの進む先には、日傘を拾いに行った美佳子が居て。他の人達は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。
だけど暑さに参りながら日傘を拾おうとした美佳子は、反応に遅れてしまっている。気が付いたら俺は、全力で駆け出していた。
「美佳子ぉー!!」
どうにかして美佳子を突き飛ばす事に成功した。ただその後に感じた激しい衝撃以降の記憶が、俺には無い。
次回、美佳子視点です。




