第206話 母親の墓参り
5章開始です。
1周年を祝った翌日、部活に行って練習をした。仲間達との日々と、充実した毎日。
本当に俺は色んな人達に囲まれて恵まれている。母親を亡くすという悲しみを背負いはしたけど、その分は取り返せたのかな?
親と言う替えの効かない存在を、取り返すと表現するのも変な話かも知れないけどさ。ただそれぐらい沢山の人達が、俺の周りに居てくれる。
美佳子という最高の恋人も出来た。その辺りどう思う? ねぇ母さん。俺は今日もこうして、元気にやっています。
「そろそろ行くか、咲人」
「うん。そうだね」
「じゃあ翔子、また来るからな」
東と書かれた墓に別れを告げた俺と父さんは、ゆっくりと駐車場へと向かう。お盆の期間に墓参りに行くと、滅茶苦茶混むので7月下旬にいつも来ている。
何より母さんが亡くなった日でもある。8年前の7月27日、俺の母親である東翔子は交通事故で無くなった。35歳だった。
信号無視をした乗用車に跳ねられ、その車は現場から逃走。のちに運ばれた病院で息を引取った。
打ち所が悪かった事と、引ひき逃げだったので発見が遅れたと病院の先生が言っていたのを今も覚えている。
前日の日曜日に、美佳子が親善大使をしている美羽ワンダーパークで母親を困らせてしまった。
次の日の月曜日に、謝ろうと思って道端で摘んだ花を持って帰宅。でもいつも居る筈の母さんは居なくて、俺は不思議に思っていた。
その後すぐに和彦のお母さんが慌てて家に飛び込んで来て、病院に連れて行かれた。その時にはもう、母さんは手術室の中で。
「最近はどうなんだ、咲人?」
「どうって?」
「ほら、勉強とか部活とか篠原さんとか」
「全部順調だよ。勉強はまあ、父さんに似たからさ」
あの日の事を思い出してしまって、微妙な返答を返してしまった。あれから8年経っても、消えてくれない記憶だ。
あっという間に事態は進んで、わけも分からない内に死んだ母さんを見せられた。白い布を被された物言わぬ母親を見て、俺はただ泣く事しか出来なかった。
まだ小3で9歳の俺には、何も意味が分からなかった。死という概念を、いきなり強烈に突き付けられた瞬間だった。
だって昨日までは普通にしていて、朝も会話をしたのに。学校から帰ったら死にましたって言われて。何だよそれって思った。
でも誰にもどうする事も出来ない。涙を流す父さんの姿は、一生忘れる事は無いだろう。俺はその時初めて、父親が泣き崩れる姿を目にした。
「そうか、順調なら良いんだ」
「何だよそれ、適当すぎないか?」
「適当じゃないぞ。トラブルが無いってのが一番良い」
まあそれはそうだけどさ。多少の山あり谷ありはあるだろうけど、母さんの様な残酷なトラブルは必要ない。
人の生き死になんて、問われるのは寿命を迎えた時だけで良いんだ。30代で死んでしまうなんて、そんな悲しい話はない。
本当ならまだ生きていた筈の人が、不幸な事故で居なくなる。世の中にはそんな話が一杯あるのは分かっている。
どれだけ本人が気をつけていたとしても、ルールを守らない人を止められない。守る気がない人を止める術がない。
身勝手な人の内心を、知らない他人が把握する事は不可能だ。ゲームみたいに、コイツは危険だと表示してはくれない。
「こんな日だからじゃないけど、咲人も気をつけてくれよ?」
「分かってるさ。いつも外では注意してる」
「お前まで居なくなったら、父さんは1人になってしまう。頼むぞ」
父さんと車に乗り込みながら、少し暗い話を続ける。だって仕方ないんだ。毎年こうして墓参りに来て、毎年同じ話を繰り返している。
去年も殆ど同じ話をした事を忘れていない。残された俺と父さんの、心の奥に残る悲しみは無くならない。
病気でどうしようも無かったのであればまだ、諦めもついたかも知れない。でも原因は信号無視とひき逃げだ。
犯人がせめてその場ですぐに、救急車を呼んでいてくれれば。逃げずにその場に留まってくれていたら。
そんな気持ちはずっと消えないままだ。こうして毎年7月27日は、思い出さずにはいられない。
「俺は死ねない。まだまだやりたい事が一杯ある」
「……そうだな。お前はまだまだ若い」
「美佳子と結婚だってまだしてない」
結婚したら死んでも良いって事でもないけど。これから美佳子や一哉達とやりたい事は沢山ある。
野球部に復帰した和彦の甲子園だって、応援に行かないといけない。和彦が通う高峰学園は、無事夏の甲子園に今年も進出している。
何度か予選の応援に夏歩と行ったけど、完全に吹っ切れた和彦は元通りその才能を発揮していた。
大柄なキャッチャーとして、守備も打撃も絶好調という感じだ。俺の高校駅伝だって、延期になったから終わっていない。
俺のやりたい事リストは、まだまだやり残しだらけだ。こんな半端な所で死ねないんだ。
「父さんに孫を抱かせてくれよな」
「まっ、それはまだ早いだろ!」
「高校を出た後なんて、あっという間だぞ?」
そりゃあ俺だってさ、そういう事もしたいけどさ。孫は幾らなんでも気が早過ぎる。高校を卒業したからって、すぐに子供は作らないぞ。
流石にそれは下半身で生き過ぎだろう。まあどうせ冗談だろうけどさ。空気を変えようとしてくれたんだろ。
親子だからそれぐらいは分かるさ。17歳の息子に孫を本気で要求する父親が居てたまるか。
だけど人生分からないもので、案外こんな会話が後の出来事に繋がる事もあったんだ。
という訳で、やや不穏な走り出しです。
それからネトコン13用に書き溜めていた新作を投下しておきました。
『金使いと女癖が悪すぎて追放された男』という異世界コメディです。
咲人君とは真逆を行く、アホでカスでクズな主人公です。アホがアホでカスな毎日を送りながら、自業自得の高額な借金の返済に奔走する(真面目に働くとは言っていない)という作品です。
ちなみにそちらもメインヒロインは大人のお姉さんです。




