第200話 田村美沙都と篠原美佳子
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田村さんに真実を教えてから数日後、遂に面接の日がやって来た。7月15日の土曜日、19時からが面接と初顔合わせの予定時刻だ。
美佳子の自宅への案内は俺が行い、玄関の前まで田村さんを連れて来た。俺にも伝わるぐらい、田村さんは緊張している様子だ。
小学生の頃から応援して来た人物と会うのだから、そりゃあ当然の反応ではあるけれども。
その上でバイトの面接も行うのだから、ちょっと俺には心情を推し量るのが難しい領域にある。
俺が憧れているプロの陸上選手と、同じチームでリレーを走る様なものか? 多分そうではないけど、多少は近い緊張感じゃないだろうか。
「それじゃあ開けるよ?」
「う、うん……あ、待って! もう1回だけ深呼吸させて」
「良いよ。まだ約束の5分前だし」
廊下で2度目の深呼吸を田村さんが行う。準備が出来て頷いたのを見て、俺がいつも通り合鍵でドアを開ける。
俺には見慣れた風景でも、田村さんにとっては初めて見る景色だ。そしてあまりにも見慣れ過ぎた物体を発見した。
今日が面接だからと昨日の内にしっかり掃除をしたのに、なぜ玄関に入ってすぐビールの空き缶がある?
飲みながらネット通販の荷物でも受け取ったのか? 靴箱の上に一旦置いて判子を探したな?
ありありとその情景が思い浮かぶ。とりあえず回収しておくとして、田村さんは大丈夫か? こんな玄関を見て幻滅は……する筈ないか良く知っているのだから。
「何でちょっと嬉しそうなの田村さん?」
「え? だって本当に汚部屋だったんだよ?」
「……園田マリアのファン的には、この反応が正解なのか?」
確かにリスナーの大半が、美佳子のだらしない所を面白がっているけどさ。もしかして、昨日の内に頑張って掃除する必要は無かった?
むしろ散らかっていた方が喜んだのか? いやいや、流石にそれはないだろう。ないと言って欲しい、俺の苦労が浮かばれ無さ過ぎる。
でも聞いてそうだと答えられたら、地味なダメージを負うハメになるしなぁ。ここは触れない方向で行こう。
世の中には知らない方が幸せな事は沢山あるのだから。来客用のスリッパを田村さんに渡して、リビングへと向かう。
入るなり飛びついて来たマサツグを抱いて、本日の面接官で社長でVtuberの美佳子へと声を掛ける。
「美佳子、連れて来たよ」
「ありがとう咲人」
「しっ、し、失礼します!」
ガチガチに緊張した田村さんが、入るなり深く頭を下げる。そんな勢い良くお辞儀しなくても良いのに。
でも落ち着いてと伝えても、今の田村さんには難しいよな。ややテンパり気味な田村さんを宥めつつ、美佳子に田村さんを正式に紹介する。
お互いに自己紹介も交わしつつ、田村さんと美佳子が対面した。片や10年近く人気Vtuberとしてやって来た女性。
片や10年近くそんな相手を応援して来た、1人のファンの女の子。偶然か奇跡か、それとも神様の悪戯が働いた結果か。
普通はそう簡単に起こらない出会いが、今目の前で繰り広げられている。この出会いが後に伝説に……なったりはしないか流石に。
「あっ、あの! 私、マリアちゃんが昔から大好きですっ!」
「……どうしよう咲人? JKの女子に告白されちゃった」
「いや普通にファンの子として接しなよ」
美佳子は可愛い女の子を好む傾向にあり、田村さんの様な大人しいタイプが特にお気に入りだ。
あまり心配はして居なかったけど、相性はそう悪く無さそうだ。良い意味でも悪い意味でも。
ともかく一旦は、ただのファンとVtuberの演者として会話が続いた。俺にとってもそうだけど、美佳子にとっても貴重な古参ファンだ。
小学生の時からずっと、園田マリアを推し続けてくれた相手。こうして会ってしまうのは、他のファンに悪いかも知れない。
平等ではないかも知れないが、何事も縁というものはある。有名人と知り合いな人が、全員ズルをしている訳ではない。
それに主目的はあくまで美佳子の負担軽減と、田村さんのバイトだ。結果的に活動に活かされるのだからトータルでプラスだ。
「ありがとうね田村さん。さて、ここからはお仕事の話だよ」
「は、はい!」
「先ず基本的な業務は、経費の記録やグッズの発送作業だね」
事務的な雑用がバイトとしての業務だ。俺は良く知らなかったけど、そう言った諸々は全部外部に丸投げ出来ない場合があるらしい。
勝手に全部、税理士とか会計士がやってくれると思っていた。でも実際は全部やっていない税理士や会計士の事務所もある。
他にも料金が大きく変わるなどのデメリットも存在し、必ずしも丸投げがプラスとは限らないみたいだ。
トータルで見ると、会計ソフトを使う方が良かったと聞いている。あとはその分を所属ライバーの収入に回したいとも言っていた。
美佳子の事だから、後者の方が理由として大きそうだ。社員にはしっかりと支払え、と以前にも配信で言っていた。
「簿記3級なら、ある程度は分かるよね?」
「じ、実務経験はありませんが、知識としてはあります」
「最初から完璧を求めていないから、そこは安心してくれて良いよ。ちゃんとボクが教えるから」
こうして経営者をやったり投資をしたりする等、美佳子の社会的な知識と経験は結構豊富だ。
私生活に目を瞑れば、非常に優秀な女性だと言える。その私生活がかなり豪快と言うか、ハチャメチャと言うか。
世の中には完璧な人間なんて居ないのだと、教えてくれていると考えれば二重の意味で優秀だ。
…………いやよそう、都合良く考えるのは。どう考えてもそんな崇高な目的で美佳子は散らかしていない。
普通に面倒くさいからやらないだけだ。ダメなものはダメと言える彼氏で居よう。まあそれも、最近は怪しい気もするけど。
「週3日から4日までいけるんだ? 大変だけど大丈夫?」
「えっと、将来Vtuber関係の企業に就職したくて」
「なるほどねぇ。じゃあ良い経験になるかもね」
俺は今回の件では、あまり美佳子に情報を渡していない。志望理由などを全部俺が伝えてしまうと、余計なお世話になると思ったからだ。
熱意とかそういう部分は、田村さんが自分で話すべき事だ。俺はマサツグが邪魔をしない様に抱いたまま、心の中で田村さんを応援しつつ見守り続けた。




