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第194話 東咲人の料理動画①

 咲人(さきと)が始めた料理動画の投稿は、『体育会系男子メシ』というチャンネルで始まる事となった。

 一応身バレ対策で顔出しはせず、料理を作りながらその説明をするだけの内容だ。美佳子(みかこ)のアドバイスで奇抜な事はやらずに、シンプルな構成となっている。

 咲人の目的はあくまで料理の評価やアドバイスを求めてであり、変わった事をやって人気者になる事では無い。

 最初は再生時間の短いショート動画や、5分から10分ぐらいの動画で完結にまとめる方向性だ。

 特にこれと言った機材の購入はまだせずに、スマートフォンのカメラで撮影を行った。


「今日の料理は、忙しい時でもすぐ作れる晩御飯です!」


 これもまた美佳子のアドバイスで、主婦層やOLに受けそうな内容で撮影されている。5分で出来る料理とか、手間を省ける時短術などが中心だ。

 意見やアドバイスを貰おうにも、興味を惹けないと人が集まらない。そして料理の動画を観るのは基本的に主婦や一人暮らしのOLだ。

 需要と供給をちゃんと合わせに行った形である。撮影した映像には無料のソフトで字幕を入れて、余計な部分をカットして作成されている。


 シンプルな白い文字に、薄いグレーの文字背景が重なった字幕が流れていく。フリー素材の軽快な音楽と共に、咲人の説明が続く。

 今回の動画では、簡単に作れて美味しい野菜炒めと焼き鮭、ご飯のお供である味噌汁を作っていく。

 部活で帰りが遅くなった時、昔から自宅で作って来た定番の組み合わせだ。野菜炒めの準備をする前に、グリルで鮭の切り身を焼いていく。


「時間がある時はホイル焼きにしても良いですけど、今日は時短したいのでシンプルな塩味です」


 もし美佳子の為に作るのであれば、咲人はもっと手の込んだ料理を作る。献立も今よりもっと豊富だ。

 咲人が作るホイル焼きは、キノコや人参なども一緒にアルミホイルに包み、料理酒やみりん等を使った味噌焼きに仕上げる。

 しかしその分時間が掛かってしまうので、今回の内容と合致していない。余計な手間になる事は一切やらない方針だ。

 シンプルな焼き鮭に続いて、メインとなる野菜炒めへと移る。用意した具材はモヤシを中心にキャベツや人参、ピーマンと豚肉だ。

 それぞれの具材を手早く切って、ごま油を入れたフライパンに投入していく。


「味付けは醤油を大さじ1杯ぐらい、塩胡椒は小さじ1杯で鶏がらスープの素も小さじ1杯です」


 調味料を追加したら具材を良くかき混ぜて、満遍なく熱が加わる様に気をつけながら焼いていく。

 調味料が全体に回ったのを見て、咲人は味噌汁の準備に入る。一旦フライパンをコンロに置いたまま、味噌と豆腐を取り出し乾燥ワカメを水に浸しておく。

 野菜炒めに戻る前にグリルを確認し、火の通りを確認しておく。その後はフライパンを手に、再び野菜炒めを適度にかき混ぜる。

 数分かけて火を通し、焼き加減を確認しつつ仕上げにかかる。最後に少しだけカレーパウダーを足して、混ぜながら1分ほど焼いたら完成だ。

 これで咲人流の簡単に作れる野菜炒めのカレー風味は出来上がった。続いて焼き鮭も焼き上がる。


「焼いた鮭と野菜炒めは、ラップを敷いたお皿に盛り付けます。洗い物の手間を減らしたいので」


 これは咲人が良くやる食器洗いの手間を減らす時短術だ。こうして使うサランラップの費用と、本来必要な水道代や洗剤と所要時間を考慮すれば十分な価値がある。

 家庭によってはやっているし、逆にやらない家庭もあるだろう。どうするかはキッチンに立つ人次第だ。

 咲人としては余り物を翌日のお弁当に入れる時にも便利なので、貧乏くさいかも知れなくても活用して来た。

 主婦層やOLをターゲットにするのなら、やっておく価値は尚更高い。男性が料理をする場合、節約や片付けの事を考えてくれないという奥様達の不満は多い。

 だからこそ敢えてそこも見せておく事で、印象アップを狙っている。もちろんこれも美佳子のアドバイスだ。


「最後は味噌汁です。具材は豆腐にほうれん草、玉葱も少し入れます」


 予め皮を剥いて水に浸けておいた玉葱を、薄めにスライスしていく。玉葱は切る前に水に浸けておくと目に沁みにくく出来る。

 3分の1程をスライスし、残りは冷蔵庫に入れておく。残った分は翌日の晩に作るコンソメスープの具材となる予定だ。

 使った材料の余りをどうするか、そこを考慮に入れておく点も主婦層への訴えかけとして効果が期待出来る。


 続いて洗ったほうれん草を食べやすいサイズに切って、玉葱と共にまな板の上に一旦放置。

 片手鍋に水を入れ、顆粒出汁を使い出汁を取る手間を省く。時短が目的でない時であれば、咲人はちゃんと鰹節や煮干しで出汁を取る派だ。

 美佳子の為に作る時は、当然ながらそちらを採用する。少し父親との扱いの差が有る様に思えるが気のせいだろう。


「沸騰し始めたら具材を投入して行きます。豆腐を食べやすい大きさに切ったら入れていきます」


 咲人は掌の上で器用に豆腐を切って、今使う分を片手鍋に入れた。水に浸けていたワカメと、先程切ったほうれん草と玉葱も投入。

 暫く煮込んだら、最後に味噌を入れて完成だ。早炊きモードで炊いたご飯も合わせれば、十分晩御飯として通用する。

 トータルの料理時間は大体30分程で、急ぎたい時には中々悪く無い範疇に収まっていた。

 最後に出来上がった料理と、茶碗に入ったご飯を映して動画の締めに入る。自分ならどう作るかや味付け等、最後に意見を求めて終了した。

 咲人の作った初めての動画を観ていた美佳子は、咲人に素直な感想を述べる。


「咲人らしい真っ直ぐな内容だね」


「だ、駄目かな?」


「ううん、良いと思うよ。これを高校生の男子がやっているんだから、それなりに受けそうだよ」


 こうして咲人が初めて作った料理動画は完成した。咲人の腕がそれなりである事と、美佳子の読み通り子供を持つ女性達の興味を惹いた。

 爆発的にではないものの、少しずつ認知されていく事になるのはまだ少し先の話だ。

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