第192話 美佳子と行く温泉旅行 後編
美佳子との混浴という一大イベントを乗り越え、今は2人と1匹でいつもの様に過ごしている。
しかしいつもと違う部分もあって、お風呂上りで浴衣姿の美佳子が凄く色っぽいという事だ。
眠気を覚えて甘えて来たマサツグを撫でつつ、同じく甘えて来た美佳子に膝枕をしている。
やっぱりこうやってみると、美佳子はちょっと猫っぽい。自由気ままな生き方と、甘える時とそうでない時の使い分けがハッキリとしている所が特に似ている。
だからこそカッコイイと可愛いが同居するのだと思う。結局俺は好きなのは、美佳子のこう言う所なんだよな。
「ねぇ咲人~~もうちょい飲んじゃダメ?」
「駄目だよ、明日は朝風呂したいんでしょ」
「でもさ~もう少しぐらい大丈夫だって~」
確かにいつもよりはかなり少ない飲酒量だけど、朝起きて二日酔いじゃあ朝風呂も台無しだ。
最悪の気分で温泉旅館の朝を迎える事になってしまう。何よりアルコールが昼まで残っていたら、飲酒運転になってしまうから大問題だ。
朝には抜けている程度に抑えないといけない。お酒が大好きな美佳子だから、ここの地酒がもっと飲みたいのは分かっている。
でもそれだったらせめて、自分へのお土産として買って帰るだけでも十分だ。露天風呂に入って良い気分で、この空気のままで飲む良さがきっとあるのだろう。
今しかない感覚があるのは俺にだって分かる。だけど今日は流石にここまでだ。甘やかす事は残念ながら出来ない。
「それでも駄目。買って帰って明日にまた飲めば良いよ」
「えぇ~~~じゃあもっと一杯撫でて」
「そっちだったらOK」
ほろ酔いで甘え上戸となった美佳子が、非常に可愛らしい要求をして来た。こちらとしては何の不満もないから、喜んで対応させて貰う。
先日染めたばかりの茶色い髪が、撫でるとサラサラとしていて触り心地が良い。本人が言うには白髪が増えて来たらしいけど、俺は全く気が付かなかった。
その程度だったのに、どうしても気になったから染めたらしい。美容関係については女性の方がシビアなので、男子高校生の俺には良く分からない。
母さんも白髪染めとかしていたのかな? 今となってはもう分からない。暗めの茶髪ではあったけど、白髪が原因かどうかまでは聞いた事が無かった。
「あ~~こんな時間だ、そろそろ寝よっか咲人」
「……う、うん。そ、そうだよね」
「マサツグはペット用のケージで寝てね~」
半分眠っていたマサツグを、起き上がった美佳子が抱いて連れて行く。何とか考えない様に努めて来た、この旅行で最大の山場がやって来てしまった。
とりあえず一旦はトイレに行って、便座に座って頭を抱える。落ち着け、ただ寝るだけだ。
言ってしまえば幼稚園時代の様に、まだ幼い夏歩と一緒にお昼寝をしたのと変わらない。そう何も変わら…………いや変わるわこんなもん全然違うわ。
そんな男女の関係なんて何も知らなかった幼い頃と違って、今はもう色々と知識をつけてしまっている。
コウノトリが赤ちゃんを連れて来ると、本気で信じていた時代とは違う。だがいつまでもこうしては居られない。
トイレを出て備え付けの冷蔵庫に入っていた、良く冷えた麦茶を飲む。緊張と期待と良く分からない感情を抱えてベッドに向かう。
「どしたの? おいでよ咲人」
「し、失礼します」
「もしかして、緊張してる?」
「かなりしてる」
物凄く変な動作で布団の中に潜り込む。先に布団の中に居た美佳子が、ゆっくりと近付いて来て優しく抱き締めてくれた。
若干のアルコールとタバコの匂い、そして美佳子の良い香りに包まれる。お風呂の時と同様に、女性としての魅力が爆発的に襲い掛かって来た。
だけど同時に、安らぎの様なものも感じていた。この感覚は何だろうか? 凄く安心するというか、満たされるというか。
決して性欲だけが原因ではない、特別な何かを与えられている。満たされている、というのが一番近い感覚だろうか?
美佳子がたまに言う充電とは、これの事を指しているのかな? 不思議な高揚感が、確かに蓄積してはいる。
「どう咲人、落ち着いた?」
「えっと……多分。まだちょっと緊張はしてるけど」
「そっか、なら良かった。」
耳の横から美佳子の優しい声が聞こえて来る。恋人と2人でベッドに入って、抱き合うなんて人生で初めての経験だ。
幸福感という意味では、凄く高いしヤバイ。俺の語彙ではとても表現し切れない、温かくて幸せな時間が流れている。
もちろん性欲もあるけど、それが全てではないと言うか。甘い時間としか表現出来ない、不思議な感覚を味わっている。
もしこの先に進んだら、どんな感じなのだろうか? 今以上の幸福感が味わえるのだろうか?
性的な好奇心というよりも、どれほど心が満たされるのかが知りたい。一体どれだけの充足感なのだろうか?
そんな風に考えていたら、美佳子が体を動かしてお互いに向き合う体勢となった。少し真面目な表情で、美佳子が口を開く。
「今ボクは凄く幸せ。咲人はどう?」
「俺だって幸せだよ」
「なら良かった。ただこうしているだけでも、幸せなんだって知って欲しかったんだ」
なるほどね、だからこうして温泉旅行に。さっきの入浴中と言い、美佳子なりに伝えたい事があったのか。
確かに思っていた以上に幸せで、余計な思考は全て吹き飛んだ。本戦は大丈夫だろうかとか、悩んでいた諸々が消えた。
目の前の女性の事だけで頭が一杯になった。性的な事がしたくないのかと言われたら、物凄くしたいと思う。
だけど今のこの温かな空気をぶち壊してまで、今日ここでしたいかと言われたらノーだ。
俺がそんな事をしないと美佳子が信じてくれているから、こうまで無防備を晒してくれている。
だから俺も、今はまだこの空気を味わうだけで良い。そう心から思えたからか、意外とあっさり眠る事が出来たのだった。
男性目線、特に咲人君ぐらいの年齢だとあるあるな葛藤かなと。
それと咲人君の場合は犯罪になってしまうから、という理由ですがコレは相手が未経験の女性だったら「そう言う行為はまだ待って欲しい」と言われるパターンを疑似的に再現する意味も込めています。




