第190話 漢マサツグ、散歩デビュー
部活もプライベートも充実した日々を過ごし、遂に迎えた日曜日の朝。マサツグが散歩デビューをする日を迎えた。
まだ美佳子が朝の配信をしているので、終わるのを待ちながら軽食を作る。美佳子が少し休憩したら散歩に行くので、重いものは避けてタマゴサンドを作る事にした。
常備している5枚切りの食パンをカットし、生卵を茹でておく。俺がキッチンに立ったので、ご飯を催促しにマサツグがやって来た。
子猫用から成猫用に変わったドライフードを皿に入れ、目の前に置いてやる。そう言えばこの前美佳子が、自動で餌やりが出来る機械を買おうとしていたな。
アレは結局どうするのだろうか? 資金的な意味では全く問題ないだろうけど。世話も楽になるし、美佳子の職業上あった方が良いよな。
『それじゃあ今日はこの辺で~! よい休日を~!』
「おっと、美佳子の配信が終わるな」
『じゃあね~!』
茹で上がった卵を潰して、塩と胡椒を塗してマヨネーズと混ぜる。パンの耳をカットしておいた食パンで挟んで完成だ。
そう言えば去年の文化祭で腐るほど作ったなコレ。今となっては懐かしい記憶だ。あれはあれで結局楽しめたけど、今年はもう女装はいいかな。
一哉も同じネタをやろうとはしないだろうし。澤井さんが良い感じにイケメン執事をしていたのは面白かったけどさ。
まあその後に美佳子が全てを持って行ったけど。流石に今年は参加者側ではなく、純粋な招待客として呼びたいところだ。
というか美佳子を参加者側にすると色々と大変だし。後から色んな女子にどこの誰か聞かれまくった。
「お待たせ咲人~」
「これぐらい平気だよ。それよりこれでも食べて」
「おお! 労働の後に咲人のご飯が染み渡る~~」
そんな大層なもんじゃないけどね。ああそうだ、美佳子が夕方に起きて来たら料理動画の相談をしよう。
まだちゃんと相談出来ていなかったしな。まあそれは後で良いとして、軽く食事を済ませた美佳子が着替えに行った。
これから本日のメインイベント、マサツグの散歩デビューの時間だ。今から外に連れ出されるなんて知らないマサツグは、呑気に欠伸をしながら伸びをしていた。
ランニングをする様な軽装で現れた美佳子は、その手に散歩用のリードを持って来た。
初めてリードを付けられたマサツグは、それが何か分かっておらず不思議そうにしている。
「さあマサツグ! 君に外の世界を見せてあげよう!」
「みゃー」
「何の事か分かっていない顔してる」
何も分かっていないマサツグを美佳子が抱き上げ、2人を1匹で美佳子の自宅を出る。
早速初めて見た廊下の光景に、キョロキョロと周囲を見回すマサツグ。更に生まれて2回目のエレベーターを経験し、マサツグはやや興奮気味だ。
何もかもが新鮮なものばかりで、興味をそそられているのだろう。マサツグが初めてここに来た時は、ペットショップの箱に入っていた。
だからマンションの近辺を見るのはこれが初めてとなる。何が気になったのか、マサツグは美佳子の腕の中でもぞもぞと動きを見せた。
「降りてみたいの?」
「にゃーっ! にゃーっ!」
「まだ公園じゃないけど、降ろしてみたら?」
美佳子がマサツグを地面に降ろすと、街路樹の根本で咲いている花に向かって歩いて行った。
前足でつついてみたり、匂いを嗅いでみたりと気になる様子だ。美佳子の部屋には造花しかないから、自然に咲いた花が珍しいのかも知れない。
マサツグなりに確かめたい事は終わったのか、次に興味がある物へと向かってトコトコと歩いていく。
ちょうど公園の方に向かって移動したので、そのまま行きたい所に向かって自由に歩かせる。
猫の散歩は犬のそれとは違い、あまり行先を飼い主が強制しない方が良いらしい。本人の行きたい所へ行かせるのが猫の散歩だとか。
多分生き物としての習性が違うからだろうな。犬は飼い主に従う生き物だけど、猫は別に従う訳では無い。
「おはようございます~。あら~、猫の散歩ですの?」
「おはようございまーす!」
「おはようございます~。この子はペルシャ猫のマサツグです」
「まあまあマサツグちゃんって言うのねぇ。初めてお会いしましたけど、まだお若い猫なのかしら?」
如何にもお金持ちのマダムという雰囲気のおばさんが、真っ白なチワワの散歩をしていた。
ペットの散歩あるある、近所のおばさんと知り合いになるやつ。この辺りは裕福な家庭が多いから、多分このチワワも血統書が付いているんじゃないかな。
小さくて可愛いけど、どこか気品のあるチワワだ。名前はマリンちゃんという5歳のメスだった。
対するは同じく猫としては高級なうちのマサツグ。初めて遭遇したよその犬を、興味深そうに見つめている。
スンスンと鼻を鳴らしながら、チワワのマリンがマサツグの匂いを嗅ぐ。突然だったから驚いたのか、スッとマサツグは後退する。
それでも尚近付いて来るマリンに向かって、今度はマサツグが匂いを嗅ぎに行った。
両者共に興味を惹かれたのか、しきりに相手の匂いを嗅いだり離れたりを繰り返した。ついでに俺も触らせて貰いつつ、散歩仲間として交流する。
「マサツグちゃんと仲良くなれたみたいねぇマリン。それでは私達はこの辺で失礼します」
「じゃあなマリン」
「ほらマサツグ、バイバイするんだよ~」
久しぶりに犬を触ったけど、やっぱり犬も良いよなぁ。まあウチでまた飼おうとしたら、誰が散歩に行くんだよって話になるけど。
そこがネックになったから、生まれた子犬達を譲ったのだ。俺は暫くマサツグだけで十分かな。
そのまま俺と美佳子はマサツグと共に公園に入り、一通りマサツグを歩かせてマンションへと帰宅した。




