第189話 本戦に向けての調整と勝負
3日ほど前に後書きに書いていた、女子の部に関する話を含んだエピソードがこちらになります。
楽しみな事が色々とあるプライベートと違い、陸上部の方はハードなトレーニングが続いている。
顧問の勝本先生とも話し合いながら、全国に向けた調整が続いていた。先ず俺個人の目標は、最低でも区間2位で理想は1位を取る事。
そして部としての目標は、言うまでも無く当然優勝だ。去年の夏は残念ながら2位すら逃して3位止まり。
冬に開催された前回は2位とこれまた優勝出来ず。2度も逃したまま終わりたくはない。男子メンバー7人全員が同じ目標に向かって集中していた。
なお女子の方は前回優勝を果たしており、今回は1位の座を死守する側だ。追う男子と追われる女子の構図となっていた。
6月に入って更に暑くなって来た日差しの下で、今日も日課の4㎞コースを走る為に校門へと向かう。
「あら? 東じゃない。アンタも?」
「森下先輩もですか」
「まあね、アンタと同じ2区だからさ」
黒髪をショートカットにした小柄な女子生徒。ザ・陸上部の女子と言った見た目の3年生が先に校門前に来ていた。
スラっとしたスレンダーなスタイルに、鋭い眼差しが特徴時な女性だ。所謂王子様系の先輩で、後輩の女子達から凄く慕われているみたいだ。
森下先輩も俺と同じく、2区を走る駅伝出場メンバーの1人だ。同じ2区とは言っても、女子はハーフマラソンで21.0975kmを走る。
当然各区間毎の距離も担当メンバーの人数も違う。女子は距離が減った分参加人数も少なく、男子より2人少ない5人で1チームだ。
森下先輩が担当する2区は、4.0975kmと少し中途半端だ。男子の俺はちょうど4kimだから、それよりも少し長い距離を走る。
それもあってただ4kmのコースを走るだけでは足りないので、森下先輩はいつも残り975m分多く走っていた。
うちの学校の周辺には、1kmのコースがあるのでそこを追加で走る感じだ。
「じゃあアタシは行くから」
「はい、頑張って下さい」
「アンタもね!」
森下先輩はサッパリとした性格で、真面目な時の美佳子と少し似ている。1年生の時から同じ2区の選手として良くして貰っていたので、わりと仲が良い方だと思う。
陸上部で1番仲が良い同級生の女子なら澤井さんだけど、陸上部の女子全体を通してだとタメを張る。
先輩は弟が欲しかったと言っていたので、多分そういう感じの扱いなのだろう。知り合った当初は、何故こんなに馬が合うのか分からなかった。
今となっては年上好きだと自覚しているので、どうして森下先輩と仲が良いのかは分かっている。
弟が欲しかった森下先輩と、年上の女性が好きな俺。完全にウィンウィンの関係と言えた。さて俺も走ろうかと思った所で、遅れて柴田もやって来た。
「東か」
「ちょうど良いや、今日も勝負しないか?」
「俺は構わない」
柴田と俺は同じ4kmの区間を走る担当同士だ。たまにタイミングが被ったら、こうして勝負を挑んでいた。
俺が伸び悩んでいた関係もあり、最初は柴田に負けてばかりだった。でも最近ではたまに勝つ事も増えて来ている。
お互いに切磋琢磨する相手としては、最高の相手だと言えた。それに俺達が共に成長して行けば、その分美羽高校が優勝する確率が上がるんだ。
だから柴田はチームメイトでもあり、勝ちたいライバルでもあった。実は予選でも、区間の順位が低かった方がジュースを奢るという勝負をしたんだ。
両方1位だったので引き分けで終わったけど。本戦での勝負は実際のタイムで勝負だなと話していたら、やや元気が無い様子で田村さんが校門に現れた。
いつもなら放課後の教室で、切り抜き動画やアーカイブを観ている筈の時間だけどな。
「田村さん? 珍しいねこんな時間に」
「東君に柴田君。じ、実はその、早く帰って来なさいってお母さんが」
「そうなのか」
配信サイトばかり観ていたら、母親に怒られると言っていたもんなぁ。部活にも入っていないから、帰りが遅くなる理由もない。
別のクラスに居る友達と遊んでいる事にしていたらしいけど、もしかしたらバレたのかも知れないな。
その遊んでいる事にしている友人も、昔から付き合いのある幼馴染らしいから。少し可哀想だけど、よその家庭に口出しする権利なんて俺達には無い。
残念だったねと、励ますぐらいしか掛ける言葉がない。気持ちとしては何とかしてあげたいけれど、現実としては出来る事がない。
親の世代に配信とか推し活とか、良く分からないだろうしなぁ。理解して貰うのはかなり難しいだろう。
「じゃあ私、帰るね。また明日」
「ああ! また明日!」
「また明日」
何とも言えない悲しみを背負った田村さんの背中を見送り、気持ちを切り替えて柴田との勝負に移行する。
トボトボと歩く田村さんとは逆方向に向かって、俺と柴田が勝負を賭けた本気の走りで駆けて行く。
どうにも柴田は背後が気になる様で、いつもより落ち着きが足りていない。Vtuber好きの同志として、田村さんが心配なのだろう。
その気持ちは分かるけど、今は勝負の時間だ。あまり意識が他の方に向いていると、ペースが乱れるぞ柴田。
俺は無心でいつもの走りを維持し続け、少しリード出来つつある。しかし友人を心配してはいても、柴田とて立派な長距離ランナーだ。
そう簡単に距離を空ける事は出来ない。結局は体1人分の差で勝利となり、普通に良い勝負をして終わった。
「っしゃあ! 今日はサイダーでよろしく」
「ふぅ……分かった」
「アンタら男子って、賭け事が好きだよねぇ」
ちょうど同じぐらいに戻って来た森下先輩が、息を整えながら俺達に合流した。田村さんと少し会話していた分、距離の差が埋まったのだろう。
そのまま先輩や柴田と会話を交えながら休憩し、今度は森下先輩も交えての勝負を行った。
疲れたけれど、良い刺激になったので俺としては満足だ。練習に熱が入っていたので、田村さんとの会話については暫くの間は頭から消えていた。




