第181話 大人の定義とは
無事に予選を突破した俺達は、本戦への出場権を得た。快勝と言うには少しギリギリではあったものの、俺を含めて3名の区間1位を出し美羽高校は1位通過だ。
柴田も5区で区間1位を取っており、2人揃って好成績を記録した。とは言えまだ県予選であり、本戦ではどうなるかは分からない。
特に前回の区間1位だった選手は速かった。俺が今回出した記録では、その選手が残したタイムに若干届いていない。
もう少し伸びないと、2位止まりになってしまう可能性が高い。とは言え勝ちは勝ちであり、誇らしい事ではある。
翌日には恒例となった美佳子との祝勝会を行っていた。月曜日だから、家事代行が終わってからの僅かな時間だけれど。
「へぇ~~澤井ちゃん達と一緒に居た子が例の古参ファンの子だったんだ」
「そうそう。田村美沙都さんって女子だよ」
「小柄で可愛い子だったね」
大会で忙しかったのもあるけど、声でバレる可能性を考慮して直接紹介するのは避けた。
ただ一哉と澤井さんが一緒に居たから、美佳子も何となく覚えていたらしい。遠くから指を差すのも失礼だから、伝え方に困っていたので助かった。
ちょっと回りくどいけど、田村さんを間接的に紹介する事が出来て良かった。現状ではこれ以上の行動が取れないので、少し残念ではあるけど。
何にしろ田村さんとは、これからも仲良くしておきたい。柴田とも趣味が合うみたいだし、顔を合わせる機会も増えてくるだろう。
「昔の鏡花ちゃんにちょっと似ていたなぁ」
「宮沢さんも田村さんみたいな感じだったの?」
「高校時代の話だけどね。人は変わるって事さ」
そうだったのか。この隣に住んでいる宮沢さんは、家庭的で社交的なお姉さんだと思っていた。でも昔は田村さんみたいなタイプだったのか。
人は見た目だけでは分からないものだな。じゃあ田村さんも将来は、あんな感じになるのだろうか?
今は引っ込み思案で人付き合いが苦手だけれど、いつかは社交的でオシャレな女性になるのだろうか。
女性は変わるって言うらしいし、将来の事は分からないよな。夏歩だって昔と比べたら、今は随分と雰囲気が柔らかくなったし。
皆が成長していくって事なんだろう。俺は、成長出来ているのかな? 体格はデカくなったけど、中身も育っているのだろうか?
駅伝のタイムと違って、内面の成長を実感する機会があまり無い。夏歩や和彦との和解は、一応成長と言えるか?
「どしたの咲人?」
「いや、俺も成長出来ているのかなって」
「咲人は十分大人っぽいよ? 年相応の部分もあるけどね」
そうなのか? 自分では良く分からない。まだまだ足りないと思っていたんだけどな。美佳子から見た俺は、ちゃんと成長しているみたいだ。
ガキっぽい事をなるべくしない様に心掛けているからか? でもそれは背伸びをしているだけ、と言えなくもない。
美佳子の様に、ちゃんと大人になれるのかな? いや私生活は参考にならないけど、考え方とか生き方とかは凄く大人っぽさを感じる。
父さんや周りの大人達も含めて、明確な差が有る様に思う。何が違うのかは……社会に出て働いているから?
責任感の有無とか? それらを含めた人生経験が全てだと言ってしまえば、まあそうなのかもしれないけど。
「あんまり気にしないで良いよ? 大人になるってのはね、そんな大層な事じゃないよ」
「えぇ? 美佳子は沢山稼いでいるじゃないか」
「でもボクだって結構適当でしょ? 大人になってもさ、人の根本はそう変わらないんだ」
確かに私生活は結構適当だけどさ。でもキッチリする所は丁寧だし、思慮深さを発揮している。
そう言う所を考慮するとどうしてもなぁ。気にし過ぎても駄目なんだろうけど、既に1年の半分が過ぎようとしている。
自分の進路についても考えたりすると、どうしても気になってしまう。高校を卒業した先の、自分の未来と生き方。
社会に出てやっていけるのか、と言う漠然とした不安はどうしても有る。今はまだ学生だけど、社会人になる日までそう遠くはない。
来年18歳になれば、法律上は大人の仲間入りをする。その日まで、もう1年を切っているんだ。
「咲人なら大丈夫だよ。ちゃんと物を考える事が出来ている」
「そうかなぁ? 自信は無いんだけど」
「大人になれない人はね、そんな事で悩まないんだよ」
自分が絶対的に正しくて、他人の意見を先ず否定する。何かあると他人が悪いと他責思考で、周囲への迷惑を考慮しない。
自分が間違っていないかと疑う事が出来ない。そんな歳だけ重ねた人が沢山居る、というのが美佳子の説明だった。
俺はそうじゃ無いから大丈夫らしい。そんな我儘な子供みたいな大人が居るのか? と一瞬思ったけれど、世間を見ると確かに居るなそんな人が。
事件とか起こす人の言い分は、その大半が意味不明な理由だ。喧嘩を売られたと思った、なんて証言が普通に飛び出して来る。
ストーカーや下着泥棒とか、何でやるのか理解出来ない。痴漢とかも意味不明だし、どう考えても迷惑だ。
「これはボクの個人的な意見だけどね、社会に出ていて他人を思いやれる人なら、大人を名乗って良いんじゃないかな」
「それだけ? 当たり前の事じゃない?」
「そうやって当然だと思えているから、咲人は大人になれるんだよ」
いまいちピンと来ないけど、美佳子の言いたい事は理解出来た。ただそんな当たり前の事で良いのか?
でも実際に大人をやっている美佳子がこう言っている。同級生が言う様な童貞を捨てたから大人、みたいな滅茶苦茶な理論ではない。
美佳子の言っている事が、いつか実感出来る日が来るのだろうか? 今の俺にはまだ分からないけど、もう少し楽にして良いのだと言うのは分かった。
ただそれはそれとして、進路希望調査になんて書こう。今週中に提出しないといけないんだよなぁ。
ちょくちょく挟んでいた、咲人君が目指す未来。その答えが次回で出ます。そして田村さんを登場させた理由の一部も共に。




