第175話 筋トレの成果と誤解
GW4日目は美佳子と楽しく過ごし、明けて5日目は朝から陸上部の練習に参加していた。
明日からはまた平日に戻るので、普段通り授業が再開される。そしてそこから1ヶ月ほど後、6月には県予選が昨年同様に行われる予定だ。
先月から行って来た体重の増量と、細かいフォームの調整は順調に進んで来た。その成果もあってか、僅かながらタイムが伸び始めて来ている。
やはり山崎さんの予想は正しく、身長に対して筋肉量が不足していたらしい。後はこのままもう少し増やすのか、それともここで止めるのかが問題となる。
現在の体重は1㎏増の56㎏で、178㎝に対してBMIは約17.7と18へと近づいた。更なる増量を目指して、グラウンドの片隅で筋トレに集中する。
「どした咲人? 最近筋トレ多くないか?」
「っ……ああ。もう少し、増やそうって、ねっ」
「随分とまあ熱心に」
自分の練習が一通り済んだらしい一哉が、俺のスクワットを見に来ていた。今回の筋トレでは体幹の安定も重視されている。
背筋と腹筋、そして足の筋力を集中して鍛えて来た。足だけではなく背筋と腹筋も鍛えるのは、姿勢のバランスを保つ目的があった。
スポーツ界では有名な話だけど、腹筋と背筋は走力と無縁ではない。走るという行為は、足の筋肉だけで決まらない。
むしろそれ以外の筋肉も非常に重要と言える。中でも背筋と腹筋は重要度が高く、どちらかが欠けていると姿勢が安定しない。
その点において、スクワットはかなり効果的な筋トレだ。足の筋肉だけではなく、腹筋と背筋にも適度な負荷を与える事が出来る。
「次こそまたっ……区間1位、取りたいからなっ!」
「ああ、なるほどな」
「やるからにはっ、1位を目指すだろっ!」
スポーツをやっている人間であれば、多くの人が考える筈だ。あくまで健康の為とか、適度に運動をしたいだけなら違うだろうけど。
だが俺は本気で競技に向き合い、真剣にやっている。勝利を望み他者を追い抜き、しのぎを削り合う舞台に立っているんだ。
2位でも良いとか3位でも十分とか、そこで満足してしまいたくはない。きっとそう思い始めたら、どんどん目標が低くなっていく。
もちろん全国出場ってだけでも凄い事だけど、だから満足したし負けても良いなんて考えで出場する者は居ないだろう。
多分だけど、そんな考えでは予選を突破する事は出来ない。完走すればそれでゴールでは無く、1位を決める勝負をしに行くのだから。
「300っと! ふう……やり切った」
「スクワット300回? ハードだなおい」
「山崎さんに言われたんだよ。俺の筋肉量ならこれぐらいは必要だって」
筋トレはキツイと感じる量でなければ意味がない。出来て当然の回数しかこなしていない様では、中々筋肉は増えてくれない。
しっかりと負荷を掛けて、筋肉を傷付ける必要がある。その傷が修復する事で増量出来るのであって、楽をしてただやったという事実だけを残しても意味がない。
長距離走と同じで、どこまで真剣に自分を虐め抜くかが大切だ。そう言う意味では、アスリートは自傷のプロとも言えるかも知れない。
ただ生きるだけなら本来やらなくても良い、自分の限界への挑戦を続ける人々なのだから。
「良いよなぁ、汐里さん。美人だし」
「……? あ、ああ! 山崎さんな。てか一哉お前、下の名前で呼んでるのか?」
「ふっ、俺は前に進み続ける男だぜ」
微妙にカッコイイのが少々イラッとするけれど、そのコミュニケーション能力は素直に羨ましい。
この男は気が付けば知らない女子と仲良くなっているし、うちのクラスと関係がない教育実習生とも仲良くなっていた。
ちょいちょい残念な男扱いをされるけれども、基本的にはイケメンで誰とでも仲良くなれる奴だ。
俺には出来ない事を、当たり前の様に出来てしまう所は尊敬している。ただ一哉みたいになりたいかと言うと、やや軽薄過ぎるから微妙なラインだ。
良い奴なんだけど、欲望に素直過ぎるんだよな。裏表がないのは良い事なんだけどな。
「やっぱさ、大人の女性が良いと思わないかね咲人君?」
「まあ……俺も年上が好きだけどさ」
「色気に欠ける同級生の女子達には無い、成熟した大人の女性こそ最高だよな」
言いたい事は分からなくもないけど、同級生の女子が色気に欠けるとまでは思っていないぞ。
俺はただ年上が好きなだけで、そうじゃない女性に魅力が無いとまでは思わない。夏歩は十分可愛いと思うし、澤井さんも美人の範疇に余裕で入ると思っている。
他の女子達だって、それぞれ良さがあると思う。恋愛対象になるかどうかで言えば、俺はならないってだけで魅力はあるだろうさ。
好みではないからと言って、魅力が無い訳では無い。ただやっぱり、大人の女性が魅力的であるのも事実ではあるよな。
それを思えばとつい頷いてしまった俺の視界に、冷たいオーラを纏う1人の女子が居た。しかし一哉はまだ気が付いていない様子だ。
「ごめんねぇ? 色気が欠けていて」
「は?」
「待って誤解だ! 違うんだ澤井さん!」
どうやら途中から話を聞いていたらしい澤井さんが、今までに見た事もない程の圧を発していた。
そんなつもりで話していたのではないのに、一哉の巻き添えを喰らって酷い目に遭った。
一哉と共にひたすら謝罪を続けていたら、先輩にサボるなと怒られてしまった。いやそうなんですけど、そうじゃ無いんですって!?
と言う俺の虚しい叫びは、麗らかな陽気を纏う風に乗って消えて行った。
スクワット300回は高校時代にやっていたので、そのまま採用しました。
霊長類最強の女性もやっているのでスクワット300回は正義(脳筋的思考)




