第174話 水族館デート 午後の部
シャチのショーを観終わった俺達は、急いでレストランへと向かう。予約時間ギリギリになっていたので、遅れない様に極力早足で移動する。
どうにか14時ちょうどに到着する事が出来、入り口で予約した美佳子が店員さんに名前を告げる。
確認が取れて店内を進んで行くと、そこには水槽に囲まれた幻想的な空間が広がっていた。
外から撮影させない目的なのか、入り口からはこの光景が見えなかった。店内は右半分がイルカの水槽で、左半分がペンギンの水槽だった。
店内の案内板には、本日展示されている種類が書かれていた。ペンギンはコウテイペンギンで、イルカの方はバンドウイルカだそうな。
一定の周期で展示する種類が変化する様に、ローテーションが組まれているらしい。
「へぇ~これは凄いね咲人」
「うん。思っていたよりオシャレだ」
「夕方に来たらもっと綺麗なのかもね」
レストランの天井はガラス張りになっており、太陽の光が店内に降り注いでいる。間に水槽の海水を挟んでいるので、光が屈折して天然のライトが揺れていた。
美佳子が言う様に、夕方になればまた違ったオシャレな雰囲気が楽しめそうだ。また来る機会があったら、次は夕方の予約にしたいとは思う。
ただそれだと帰るのが遅くなるから、車を運転する美佳子の負担が大きくなる。それを思えば、俺が運転免許を取ってからの方が良いか?
いやしかし、俺があの高級車を運転するのもちょっと。かと言って自分で車を買えるのはまだまだ先になる。
「どうしたの?」
「いやぁその、次来るなら俺も免許を取ってからが良いかなって」
「あ~咲人の運転で、ってのも悪くはないね」
俺は来年18歳になるから、一応自動車の運転免許を取りに行ける。元々取るつもりはあったから、それ自体に問題はない。
懸念すべきは初心者に過ぎない俺が、すぐに車でここまで来られるかがネックだ。公道はもちろん、高速道路も走らないといけない。
18歳の免許取りたてで交通事故、なんてのは良くある話だ。確かに助手席に彼女を乗せて、というシチュエーションに憧れはある。
でもそれと安全かどうかは別の問題だ。免許を取ったからと言って、調子に乗って大惨事なんて絶対に嫌だ。
焦って無茶をせずに、ある程度上手くなってからが一番良いだろうな。
「なるべく早く上手くなるよ」
「ふふ、期待しておくからね?」
「お、おう。頑張るよ」
そんな少し未来の話をしつつ、注文を取って料理が来るのを待つ。このレストランではペンギンやイルカをテーマにした料理が一部ある。
デフォルメしたペンギンのケーキや、アイスをイルカの形にしたフロートなど。材料を上手く使い、ペンギンのイラストに見せたパエリアなんかもある。
実物を観ながら、それらを楽しめるのがこのレストランの一番の売りだ。当然ながら子供や女性が主な客層である。
魚を見て食べられるか考えていた美佳子も、流石にペンギンとイルカは純粋に楽しんでいる様子だ。
俺達の席まで近付いて来たイルカと、ガラス越しにコミュニケーションを取っている。
「人間の事を認識しているんだねぇ。彼らは何を思っているのかな?」
「どうなんだろ? 飼育員さんとは多分、友達や仲間って感覚だろうけど」
「生き物としては別だけど、哺乳類としては同族だもんねぇ。やっぱり何か感じるのかな?」
人間がイルカを同じ哺乳類と感じる様に、イルカもそうなのだろうか? イルカの紹介文には、人間の幼児ぐらいの知能を彼らは持っているそうだ。
幼稚園児とか小学1年生ぐらい理解出来ているのなら、俺達をそんな風に思っていたとしても不思議ではない。
少なくとも水族館に居るイルカ達は、人間が友好的な生き物だとは感じている筈だ。個人のレベルまで認識出来ているのかは分からないけど。
だって俺もイルカの区別なんてつかないしな。イルカ達は人間を2本足で立って動く生き物、って感じで見ているのかな?
「ねぇ咲人、この2頭も恋人同士なのかな?」
「オスメスが見た目で分からないからなぁ」
「咲人~~? こう言う時は『そうかもね』とか言っておく所だよ?」
どうやら言葉選びを間違ってしまったらしい。美佳子は時折こんな風に、男女間のやり取りについて教えてくれる。
まだまだ未熟な俺に、女性の心理とその動きについての解説が始まった。言わば園田マリアの恋愛相談出張所だ。
今の展開だと、重要なのは実際に水槽からこちらを見ている2頭がカップルかどうかではない。
あくまで雰囲気を盛り上げる事が大切で、これが出来るか出来ないかで女性からの印象が変わると。
言われてみれば、ちょっと冷たい返答だったかも知れない。どうせ素人の俺達に、イルカの性別なんて見分けられる筈がない。
そんな事はお互いに分かり切っている事だ。敢えて再確認する様な事ではない。何だかんだで俺も浮かれていたのだろう。
「良く配信でも言っているけど、男性は雰囲気よりも論理的かどうかに意識が行きがちなんだよ」
「うっ、気をつけるよ」
「良い雰囲気にするにはね、嘘や適当さがある程度は必要なんだよ」
また一つ新しい学びを得る良い機会となりました。美佳子は俺の事を分かっていないガキ扱いはせず、真摯に向き合ってくれている。
もしこれが同級生だったら、恋心が冷めてしまうのだろうか? 良く言う蛙化現象ってやつ?
そんな風に一歩引かずに居てくれるのは、きっと美佳子が優しい大人の女性だからだろうな。
有難い対応に感謝しつつ、いつまでも教えられる立場で終わらない様に気を引き締めよう。
これからを考えて気持ちを改めつつ、その後も美佳子と水族館デートを目一杯楽しんだ。
日が落ちるまで満喫した頃には、新しくフォトフレームに収める予定の記念写真が大量に追加されていた。
どの写真をどう飾るのか帰り道で話し合いながら、美佳子の運転で帰宅した。




