第172話 水族館デート 午前の部
GWの3日目は部活と自主トレーニングに費やし、明けて4日目は美佳子と出掛ける日だ。
朝から美佳子の運転で、隣県にある岩島マリンワールドという有名な水族館にやって来ている。
ここはイルカとペンギンを見られるレストランで全国的に人気が出た水族館で、駐車場には様々な都道府県から来た車が停まっていた。
連休だからこそもあるけど、普段からも来場者が多い事で知られている。そんな人気の水族館であるだけに、当然ながら件のレストランは予約制だ。
一昨日の内に奇跡的な滑り込みで予約を取る事が出来たが、時間は14時からと少し遅めの時間だ。
開館する10時からの入場だけど、これから4時間は食事を取る事が出来ないのは少し辛い。
「流石だな、凄い人だ」
「GWって感じするねぇ~離されないように気をつけないと」
「う、うん。そうだね」
ただ手を繋ぐだけでなく、軽く腕を絡める形で美佳子が俺の右腕を抱き寄せた。人が多い故とは言え、流石にこれはちょっと意識をしてしまう。
手を繋ぐのはだいぶ慣れて来たけど、腕を組むぐらい密着するのは緊張する。主に右腕に当たる柔らかい感覚が原因で。
1人の男子高校生として、本音を言えば凄く触ってみたい。だってこんなにも柔らかいんだぞ? 気にするなと言うのは無理だ。
60㎞だか50㎞だかで走行中の車の窓から手を出せば、胸を触った時と同じ感覚がすると言う説は本当なのか?
この柔らかい感触が、そんな事で再現されるのか怪しい所だ。しかし気になるからと、美佳子の運転中に試す気にはなれない。
そんな胡散臭い話を信じているガキっぽい奴だと思われたくはないから。気にしている時点でガキだと言われたら何も言えないんだけど。
「ん? どうかした咲人?」
「い、いや何でもない! 今日はちょっと暑いなって」
「あ~~そうだね。30℃まで上がるらしいよ。参っちゃうよね」
別の意味で参りそうな状況なのだが、それはそれ。今はせっかく美佳子と水族館デートをしているんだ。
邪な考えに負けて、残念な想い出にする様な結果を招いてはいけない。そうだよ、せっかく誕生日に渡したフォトフレームの写真が増えて来たんだ。
煩悩まみれの写真を残してしまいたくはない。ちゃんと楽しい時間を過ごした、最高の写真を撮りたいのだから。
冷静を保とうと色々試しているけれど、いつも美佳子の魅力が俺の努力を貫通して来る。
女性は若い方が良いなんて言われているけど、俺は絶対に嘘だと思っている。だって俺の隣に居る女性は、日増しに魅力が上がっているから。
「あ、見て咲人! サバだ! 美味しそうだね」
「美佳子って、そっちのタイプなんだ」
「え? ああ、私は食べる方として見るよ」
「お酒のお供だしね、魚料理って」
魅力は増しても、こう言う所は全くブレない。あくまでも酒豪の人であるのは美佳子らしい在り方だ。
そりゃあね、美佳子が魚を見て可愛いと喜ぶタイプとは思ってないけどさ。ただなんかこう、実際に目の前でやられると冷静さが戻って来る。
楽しそうに笑っているのは可愛いけれど、理由がおじさんっぽいのはちょっとね。いや良いんだけどね、それも含めて美佳子の好きな所でもあるんだから。
今更になって、普通の女子みたいなリアクションをされてもね。なんかこう違うって言うか、解釈違いってやつ?
可愛くない反応が可愛く見えるっていうか。何故かそんな感じの不思議な感覚がするんだよな。
「エイって裏側を見ると面白いよね」
「そこはエイヒレの話じゃないんだ?」
「もちろん好きだよ? ただ裏側の愛嬌も好きなだけで」
水族館の定番とでも言うべき、トンネル状になっている水槽を潜っていると俺達の頭上にエイが来た。
種類は分からないけど、力士のお腹ぐらいある横幅をしている。その平な体の裏側、白い腹の方は確かに独特な愛嬌を感じてしまう。
笑った顔文字みたいな部分は何だっけ? 口だったかと思って紹介文を見たら鼻だった。
あれで鼻なのか、海の生き物って不思議なやつが多いよなぁ。よくそれで生活出来るなと思わずにはいられない。
しかも水族館なんて人間は作ったけど、海の事はまだ殆ど分かっていないってのが驚きだ。
「美佳子、カブトガニだって」
「ホントだ。やっぱりカニみたいな味がするのかな?」
「流石に食べるのは無理じゃない? あ、てか絶滅危惧種だって」
じゃあダメかぁ~と美佳子は残念そうにしていた。そして紹介文にはカニじゃないとも書かれていた。一応それでも食べられはするらしい。
俺としてはあんまり美味そうには見えないけど、お酒が好きな人だとまた違うのだろうか? 珍味的な感じ?
ともあれ他にもサンゴコーナーやタツノオトシゴ等が展示されたエリアを抜けて、大きなホールの中央に筒状の巨大な水槽が置かれているエリアに着いた。
そこでは複数の魚が大量に泳いでおり、圧巻の一言に尽きる光景が広がっていた。まるで海の中を歩いているかの様な、壮大なものを感じさせられた。
「これは凄いね、咲人」
「うん……綺麗だ」
「うわサメだ~~小さくても迫力あるなぁ」
俺達の目の前を、小型のサメが泳いで行った。体長はそれ程大きくなくても、見た目はしっかりとサメのもの。
例え人を襲わない種類だったとしても、海で遭遇したらかなり怖い。それだけの迫力を、あのサメ特有のシャープな造形が与えて来る。
他にもマンボウやジンベイザメなどの温厚な種類、ジュゴンやシロイルカなどの可愛らしいマスコット達も見て回っていたら、いつの間にか昼になっていた。
こちらの水族館デートは前編・中編・後編の3話構成になっております。
※現実でのGW期間中ですが、祝日は日曜と同じ10時10分更新でカレンダー上の平日は7時10分更新で行います。




