第168話 美佳子への報告
気になるクラスメイトとの初コンタクトに成功した日の夕方、俺はいつもの様に美佳子の家に来ていた。
今日は家事代行の日ではなく、ただ恋人として訪れただけ。それでも多少なりとも掃除をしてしまうのは、もう癖としか言い様がない。
ただやり過ぎると美佳子がバイト代を払おうとするから、ゴミ捨てだけに留めておくけど。
だって放っておくと美佳子はすぐ寝室にゴミを溜めてしまうから。リビングでも寝られるからと、平気で寝室をゴミ箱代わりにしてしまう。
案の定ベッドの周りに放置されていた、空き缶と灰皿の処理を済ませる。リビングに戻って、書類仕事をしている美佳子に話し掛ける。
「クラスに居た美佳子のファンと話して来たよ」
「ボクのファン? ああ、マリアの方ね」
「そうそう。初期から追ってくれてる女子だったよ」
学校で田村さんが話してくれた事を、そのまま美佳子に伝えた。本当に古くからファンをしてくれていて、数年前のアーカイブを何度も繰り返し観ているそうだ。
彼女の熱量は相当なものがあり、大ファンと言っても過言ではない。気持ちだけで言えば、園田マリアのサイン入りグッズでも渡してあげたい。
しかし俺がそんな代物を持っていけば、何処で手に入れたのか疑われてしまう。それに俺のクラスメイトだったからと、特別扱いするのも公平とは言えない。
どうにも複雑な気分になってしまう。美佳子をずっと応援してくれているのは嬉しいけど、田村さんの思いに返礼をしてあげる事が出来ない。
「泥酔耐久アークソウルズ配信とか最初期じゃん。そんな頃からのファンなんだ?」
「そうみたい。チャンネル登録ジャスト3000人を取り逃したって言ってたし」
「懐かしいなぁ。ボクがVtuberを始めて半年経っていない頃だよ」
最古参を名乗れる程の長いファン歴を誇る俺のクラスメイトに、美佳子はとても驚いていた。
美佳子が園田マリアとしてVtuberを始めたのは8年前だから、田村さんは小学生の時点でファンをやっていた事になる。
俺なんてその頃は、Vtuberの存在すら良く分かって居なかった。夏歩や和彦と毎日の様に遊んで回っていたのを覚えている。
9歳ぐらいからVtuberのファンなんて、よっぽど好きなんだろうな。その熱量の高さは、素直に尊敬するしかない。
俺だって昔から陸上が好きだけど、特定の誰かをずっと好きで居続けた経験はない。正に愛と呼ぶに相応しい想いの強さだ。
「うーん。せっかくだし、何かしてあげたいけどねぇ」
「でも贔屓しちゃうのも良くないだろ?」
「それはまあ彼氏の友達って事で良いんだけど、何をするかだよねぇ」
俺も出来たら何かお礼をしてあげたいところだけど、やっぱり現実問題としてかなりリスキーだ。
田村さんの人物像もまだ良く知らないから、どこまで晒してしまって良いのか分からないのもある。
美佳子と園田マリアを結びつける情報を与えて良いのかどうか。どうしてもそこに懸念があるのは間違いない。
ただクラスに古参が居たからと、大胆な行動に出るのは躊躇われる。美佳子を何年も応援してくれてありがとう、この気持ちに偽りはないけどそれとこれはまた別だ。
もし俺達が何かをしたせいで、今後の活動に悪影響が出ればそれこそファン達への裏切りになる。
「とりあえずは、抽選でたまに優遇してあげるぐらいかなぁ」
「ああ、確かにそれなら出来るのか」
「とは言ってもねぇ~~そんな頻繫には、抽選販売をやってないけどさ」
住んでいる土地と名前が分かっているのだから、グッズの抽選販売で優遇する程度は可能だ。詳細な住所やフルネームは、後で俺が聞いておけば良い。
もちろん番地まで詳しくは聞かないけれど。そこまで急にクラスメイトが聞いて来たらあまりに不信過ぎる。
何より恋人でもない男に、女子はそこまで知られたくないだろう。不快感を与えない範囲で、住んでいる地域をある程度知るだけで十分だ。
そしてそこまでやっても、明確な形でのお礼にはならないけれど。美佳子の言う通り、グッズ類の抽選販売はそう多くはない。
あとはグッズを発送する時に、サービスで何かしら付ける程度か。クリアファイルとか、そういう使い道があるやつを。
「にしてもそんなに若い古参ファンが居たなんてねぇ」
「小学生からってのは珍しいの?」
「レアだよ凄く。何人か居るのは把握しているけどさ」
配信サイトで配信をしている人は、観てくれている人達の年齢や性別を知る事が出来る。
以前美佳子に見せて貰ったけど、思っている以上に色んな事が分かる様になっていた。一番多い視聴者層は20代で、次いで30代と10代が続く。
4番目が40代で、それ以上も居るには居る。男女比はほぼ半々であり、性別の差はあまりない。
でも年齢一桁台は、美佳子が言うには3%も居ないらしい。それに3%の内、全員がファンとは限らない。
誤操作で開いてしまっただけの可能性もあるし、視聴を続けている子はもっと少ないだろう。
「古参勢って殆どが大人だからさ。ボクとしては素直に嬉しいよ」
「俺も嬉しかったよ。すぐ近くに美佳子のファンが居て」
「他の長く応援してくれている子達にも、何かやってあげたいなぁ」
田村さんのお陰で、新たな企画が生まれそうな勢いだ。美佳子のモチベーションが更に上がったらしく、その点からもお礼をしたい。
だけど表立っては出来ない歯痒さを感じながら、俺は美佳子との時間を過ごした。




