第167話 気になるクラスメイト
GWが目前に迫る4月の中旬頃には、俺は体育会系のクラスメイトとは大体打ち解けた。
ただ文科系などの大人しいタイプとは、まだ大して話せていない。そんな大人しいタイプのクラスメイトに1人、気になっている女子が1人居る。
もちろん異性として気になったのではなく、正確にはその女子が使っている鞄が気になっているんだ。
そのクラスメイトは普段あまり誰かと話している所を見ない子で、まだあまりクラスに溶け込めていない様子だ。
彼女は首元より少し下ぐらいまである長い黒髪に、タレ目が特徴的な女の子だ。美佳子の様な派手さはないけど、小柄で可愛らしい印象がある。
小動物っぽいって、こんな感じの女子を指すんだろうな。その女子について少し考えていたら、うっかり教室に忘れ物をしたらしい。
一哉と柴田の2人と一緒に、放課後の練習に向かう途中だったけど取りに戻らないといけない。
「悪い2人共、先に行っておいてくれ」
「良いけど、何か忘れたか?」
「そう。すぐ追い掛けるよ!」
部室棟に向かう途中で踵を返した俺は、渡り廊下を怒られない程度に走って教室まで戻る。
開けっ放しになっていた後ろ側のドアから教室に入ると、先程考えていた女子がまだ自分の席に座っていた。
教室のちょうど真ん中ぐらいに座った彼女は、イヤホンをしながらスマートフォンの画面を観ていた。
俺の席は教室の窓側前方にあるので、近くを通る際に彼女が観ているものを視界に入れられてしまう。
その画面には、俺が良く知っているとある配信者が映っていた。あれは間違いなく稲森さんが演じている、VB所属のVtuberである『寺町こなた』だった。
もうこれは間違いないと判断して良いだろう。何を隠そう俺がその女子を気にしている理由はそこにある。
彼女の鞄に付けられているのが美佳子の分身、『園田マリア』のアクリルキーホルダーだったからだ。
間違いなくこの女子はVBのファンである。回収するべき弁当箱を鞄に収めた俺は、思い切って話し掛けてみる事にした。
「ねえ、田村さん、だったよね?」
「……えっ!?!? ななな何!?」
「そんなに驚かなくても……ちょっと聞きたい事があっただけだからさ」
目に見えて慌てふためいている田村さんは、怯える様な素振りを見せている。俺ってそんな初見で怖がられる容姿なのか?
流石にこの反応は俺でも多少傷つくんだけど。俺が知らなかっただけで、大人しいタイプには怖がられていたのだろうか。
今までにそんな経験は……なくも無いか。たまに居るんだよね、こんな感じのリアクションをする人。
別に何も悪い事をするつもりはないし、VBが好きなのかを聞きたかっただけでしかない。
しかし状況的には全員部活に行くか帰宅した為に、俺達しかいない教室で女子に怯えられている男。これじゃあ俺が嫌がらせでもしているかの様な構図である。
断じてそんな事実はないので、誰かに要らぬ誤解をされる前に早く本題を話してしまおう。
「田村さんって、VBが好きなのかなって」
「えぇぇぇっ!? あ、東君みたいな光の陽キャが何故VBを!?」
「俺も観てるからさ、聞いてみたかったんだ」
光の陽キャって何だよ、と思わなくもないが触れないでおく。下手に突っ込んでこれ以上委縮させてしまいたくない。
教師がこの様子を見たら、変な勘違いをされ兼ねない。どうか落ち着いて欲しいと願いつつ、出来るだけ穏やかな物言いに徹する。
どうやら俺もリスナーであると分かったからか、少しずつ彼女の態度が穏やかになっていく。
まあリスナーって言うよりは、運営寄りなんだけどね実際には。ただそんな事を今は言う必要がないので、敢えて訂正はせずにリスナー同士として接する。
「あ、東君は誰が、す、好きなの!?」
「俺は園田マリアだよ」
「マリアちゃん!? 分かる!! 可愛いよね!? 元モデルだし絶対に中の人は美女なのに家事がダメダメなのが良いよね!? 変な事も沢山するけど優しいし!!」
あれ? この子めっちゃ喋れるな? こんなに積極的に話せたんだな。これ何だっけ? 美佳子の配信で観た記憶がある。
確か……オタク特有の早口ってやつだっけか? これがそうなんだ、何かちょっと感動的だ。
何だそれ? とその時は思っていたけど実物が見られた。あとで美佳子に伝えておこう、実物見たよって。
それはそれとして、まだ喋っているな田村さん。推しへの愛を爆発させているのだろう。
本当に園田マリアが大好きなのが伝わって来る。俺の事じゃないけど、恋人が褒められているからちょっと嬉しい。
「ファン歴長いんだ?」
「初期からずっと追ってるよ!!」
「へぇ、じゃあ古参勢だ。俺はまだ1年経ってないぐらいだよ」
最初の怯えた小動物の様な姿は完全に消え去り、普通のクラスメイト同士の会話になっていた。
そのまま園田マリアやVB所属Vtuberの話をして盛り上がる。田村さんは所謂『箱推し』と呼ばれるタイプのファンだそうな。
VBメンバーは全員観ているらしい。何故放課後の教室に残って配信を観ていたのかと問うと、家で配信ばかり観ていると親に注意をされるらしい。
田村さんは帰宅部らしく、部活はやらずに帰ったら配信を観るのが趣味だそうな。確かにそれは、親の教育方針次第で文句を言われるだろうな。
「せめて部活かアルバイトでもやりなさいって怒られるの」
「あ~~まあね、親ならそう言うよね」
「私は配信が観たいのに」
そんな不満を漏らす田村さんと暫く会話を続けていたら、話過ぎてしまったらしく練習が始まる時間が迫っていた。
俺は慌てて田村さんに別れを告げて、教室を飛び出した。でも思い切って話し掛けてみて良かったよ。
美佳子がやっている事を、こんなに好きで居てくれる人が身近に居てくれて。この事も後で美佳子に教えてあげよう。
なお部活には若干遅刻したけど、何とか怒られずに済みました。
1作目から読んでくれている読者の次のセリフは「こいつまた陰キャ女子書いてやがる」という!
クセになってんだ、陰キャ女子書くの。




