第163話 それは父性? それとも母性?
進級して新しいクラスで始まった学校は、一応問題なく日々が過ぎている。クラスメイトの一部女子に持たれていた誤解も一旦解けた。
ただ一部の業界と繋がりがあるのも事実であり、完全否定も出来なかったけど。とりあえず俺と仲良くしたからって、何か恩恵がある訳ではないと理解はして貰えた。
筈なんだけどなぁ、どうにも扱いが妙なんだよな。女子達から変なポジションに置かれたみたいで意味が分からない。
具体的に言えば、やたら話しかけられる。状況が良く理解出来ないけど、今日なんて女子数名に囲まれてお昼を食べていた。
「え、それ東が作ったの?」
「弁当はいつも自分で作ってるよ」
「主婦じゃん」
ダンス部の松下さんが俺の弁当を覗き込んで言う。ただの野菜炒めと唐揚げ、卵焼きにかぼちゃの煮物とシュウマイが入っただけの普通のメニューだ。
それほど珍しい弁当では無いと思うけど、何故か驚かれていた。主婦っていうか主夫は確かにしているけど、ガチで主婦をしている全国のお母さん達には敵わない。
俺にはまだそれだけの技術が蓄積されていないからだ。単なる料理が好きな高校生に過ぎないと思う。
仮に料理を作る配信とかやっても、殆ど観に来る人は居ないだろう。特別な技術があるわけでもないし、オリジナル料理があるわけでもない。
「ま、咲人は料理が上手いからな」
「てか何で坂井もここに居んの?」
「お前らが後から来たんだろ!?」
あ、何かデジャブを感じる。今ので一哉の扱いが決まった気がする。去年と同じく面白おかしい弄られキャラに落ち着きそうだ。
結局斎藤さんや山本さんが別のクラスになっても、クラスでのポジションは変わらないらしい。普段の行いを考えれば妥当とも言えなくはないけど。
でもいつの間にかクラスの中心になっているんだよな。その高いコミュニケーション能力は流石と言うしかない。
こんな風に扱われていても、ちゃんとモテるからなぁ一哉は。結構美味しいポジションじゃないだろうか。俺には真似出来ない生き方だな。
「そもそも最近なんだよお前ら? 急に咲人に構う様になってさ。澤井はまだ分かるが」
「あ、それは俺も気になってた。なんで?」
「は? 分かんないの?」
松下さんや澤井さんを始め、集まって来ていた女子達が不思議そうにこちらを見ている。俺と一哉は全く意味が分からず、ただ困惑するしかない。
まるで当然だという様に、彼女達は頷き合っている。どこで判断しているのだろうか? 何を基準にして行動している?
やっぱり何か見返り的なものを期待している? でもその件は既に説明して納得して貰った筈だ。
改めて考えてもやっぱり分からないままで、一哉と顔を見合わせる事しか俺には出来なかった。
そんな俺達を見て、クスクスと笑いながら松下さんが答えを教えてくれた。
「良い? 東は先ず下心を向けて来ない」
「……あ、ああ。まあ、最初からそんなつもりは無いよ」
「年上が好きなんだもんね? だから安全! いやらしい目で見て来ないし」
なるほど? それはちょっと納得が行くかも。俺は美佳子以外に興味が無い、とまで言い切るとちょっと失礼か?
ただ同級生の女子を特にどうとも思っていない。クラスメイトとか友達とか、そんな感じの認識しかない。
もちろん異性としての接し方を心掛けているし、一哉達同性と同じ扱いはしない。だから安全だと言う意見に繋がっているのか?
まあ俺が何かをするつもりが無いのは確かだし、だからこそ女子から見たら安全と言えば安全か。
有難い評価と思って良いのか? 枯れているからと言われるよりは良いか? 一応は褒められている?
判断に困りつつも、とりあえずは納得が出来た。そんな俺の空気を汲み取ったのか、更に澤井さんの説明も入る。
「東君はさ、この前自分と仲良くしてもメリットは無いって言ったでしょ?」
「そりゃあね。だってモデルさんを紹介するとか、試供品を提供するとか出来ないし」
「普通はそこで、女子と接する為に利用するものだよ? ね、坂井君?」
「待て澤井、俺は流石にそこまで狡い事はやらん」
普通はそうなのか? 適当な事を言って、後でバレた方がリスキーじゃないか? 逆に印象が悪くなると思うし、悪用して良い方に転がるとは思えないけど。
それに俺の場合はただ、誤解されたままじゃ不味いと思っただけだ。そんな方法を思い付きもしなかったよ。
嘘をついてまで、女子と接点が欲しいなんて理解が出来ない。普通に仲良くすれば良いだけだと思うけどな。
大体嘘で関係を築けたとしても、良い関係には発展しないだろうし。良いトコ体のいいパシリぐらいじゃないか? 利益を提供出来なくなったら終わる感じの。
「後アレよ。東と話してるとさ、感じるのよ」
「な、何を?」
「お母さんみたいだなって」
松下さんがそう答えると、集まっていた女子達が頷いていた。いやお母さんって……17歳の男子高校生なんですけど?
しかしどうやらその認識は、ここに居る全員が同意見らしい。安全で下心がなく、お母さんみたいで尚且つ男。
だから厄介な男除けにもなる上、ファッションやメイクの話も出来るからだと詳しい説明がなされた。
ファッションやメイクの話が出来るのは美佳子が教えてくれるからだし、園田マリアの配信でも頻繫に話しているからだ。
しかしまさかそれがこんな形で影響するとは、全く思ってもみなかったな。遂には2年2組のお母さんという称号まで頂き、俺の妙な扱いの理由が鮮明になった。
良いのか悪いのか分からないけど、ありがとう? ございます? もう皆がそれで納得しているなら良いや。
だからって別に不利益を被りそうはないしな。まあ何だ、皆が楽しくやれたらそれで良いかなって。
お母さん扱い受ける奴って、一定数居るよねって話でした。




