第162話 4月と言えば桜だよね
4月と言えば春で、春と言えばベタだけど桜の花。そしてお花見は定番だと思う。と言う訳で俺は今、美佳子達と近場の広い公園に来ていた。
夏歩や和彦と過ごしていた想い出の場所で、俺は年上の女性に囲まれていた。恋人である美佳子と、隣に住んでいる2人の女子大生が一緒に来ている。
1人は最近顔馴染みになりつつある宮沢さんで、黒髪に入れられた鮮やかな青いインナーカラーと眼鏡が特徴のお姉さんだ。
今年から大学生4年生になったそうで、就職活動で忙しいらしい。そしてもう1人は昨年末ぐらいに知り合った、京美人という言葉がピッタリな稲森さん。
艶やかな長い黒髪が良く似合う、少しキツそうな印象の女性だ。彼女も大学4年生で、音大に通っているそうな。
非常に華のある空間だけど、男性が俺1人だけで少々肩身が狭かった。嫌では無いんだけどさ、ちょっと緊張するだけで。
「篠原さん、これ食べます?」
「食べる食べる! 久しぶりの鏡花ちゃんの料理だ!」
「ようそんなに飲み食いしはるねぇ?」
今日も美佳子は絶好調であり、既に500mlの缶ビールが3つ空いていた。中々のハイペースであり、少し心配だけど大丈夫だろうか?
もし寝てしまったら、また俺が背負って部屋まで送れば良いか。普段忙しい美佳子が、自由に過ごせる時間ぐらいは好きにさせてあげよう。
それに満開に咲いた桜が凄く綺麗で、気温もちょうど良くて心地良い。楽しくなるのも理解出来るし、小姑みたいに口煩くするのも野暮だろう。
何より俺は美佳子が楽しそうにしているなら、何の不満もないし見ていて飽きない。こうして笑いながらお酒を飲んでいる姿が、結構気に入っているんだよな。
「見て見て咲人~~両手に華~~」
「楽しそうだね美佳子」
「凄いで鏡花さん、このウザ絡みに平気で付き合ってはるで」
「ああ、だから付き合えるんだね東君て」
はて? 俺が何やら珍獣の様に見られているのは何故だろうか? 俺はただ美佳子らしくて可愛いなと思っているだけなのに。
これぐらいの事でウザ絡みとは思わないけどな。この程度の事なら日常茶飯事だし、とっくに見慣れた姿だ。
お酒が入った時の美佳子は大体こんな感じだ。飲んだ状態で配信をしている時も、基本的にテンションが高い。
そう言えば、配信でもウザ絡みだと言われていた日もあった様な? ウザいのかなぁこれ?
俺は全然そんな風に感じないけど。むしろ可愛くないか? あれ? やっぱり俺がおかしいのだろうか?
「俺って変なんですか?」
「変て事はあらへんけど、よう付き合えるなって」
「とっても優しいんだなぁって私は思うかな、うん」
良かった、別に変ではないらしい。優しいと言うのは良く分からないけど。面倒見が良いって表現なら言われた事があるけれども。
一度拗れるまでの間、夏歩に良く言われていた。でもそれは放っておく事が出来なかったからやった事ばかりだ。
優しさとは少し違う気がする。俺の見える所、知っている範囲で不幸な人が出て欲しくないだけだ。
世の中の困っている人を救いたいとか、壮大で慈しみに溢れた考えはない。俺の手が届く範囲は限られているし、出来る事にも限界がある。
そもそも俺に助けられない人までは手が出せないしさ。それほど大それた事はとてもじゃないけど出来ない。
「そうだよ~咲人は凄く良い子なんだよ~」
「ちょっ!? 知ってたけど酒くさっ!?」
「えへへ~~咲人~~いつもありがと~~」
もう十分な程にお酒を飲んだ美佳子が、唐突に抱き着いて来た。状況的には凄く嬉しいけど、それはそれとしてお酒の匂いが凄い。
こうして会話している間にも、既に4本目が空になっていた。そして美佳子の手には5本目が既に握られており、これはもう確実に背負って帰る未来が確定した。
後でまた、しじみ入りの味噌汁を作っておこう。多分これは後で盛大な二日酔いになるだろうしね。
何より今夜の配信に寝坊してしまわない様に、夜まで居てあげた方が良さそうだ。美佳子が起きるまで、マサツグと遊んでいよう。
「なんや、落ち着くトコに落ち着いた感じやね」
「幸せそうだよね、篠原さん」
「そうでう! ボクは幸せ!」
嬉しいけど人前で堂々と言われるのは恥ずかしい。本音を言ってくれているのは分かっている。
ただこう、微笑ましいものを見る様な目で見られるとさ。流石に羞恥心が勝ってしまうと言いますか。
他にもお花見に来ている人達も居る中で、ただでさえ目立っているから尚更だ。何せここには、可愛い系と美人系と美女が揃っているのだ。
当然ながら最初から結構な視線を集めていた。そんな羞恥心に耐えながらも、何とかお花見を続けた。
結局後半で美佳子は寝てしまい、料理も無くなったのでお開きとなった。
「片付けなら私達がやるから、東君は篠原さんを送ってあげて」
「え、でも」
「ええからええから。はよ送ってあげや」
「わ、分かりました」
幸せそうな表情で眠る美佳子を、ゆっくり持ち上げて背中に背負う。アルコールの効果で少し体温が高くなった、美佳子の顔が首筋に当たる。
そのせいで少しドキッとさせられたが、人前だから悟られない様にしてその場を離れた。
酔って無防備になった美佳子の、微かな寝息が妙に艶めかしい。だが幾ら恋人と言っても、相手は寝ている女性なんだ。
下手な事は出来ないし、そもそも寝ている間に何かするのは卑怯だ。俺はただ人を運ぶロボットになったつもりで美佳子を運搬するのみ。
5分程歩いていると、どうやら美佳子が歩く振動で起きたらしい。もぞもぞと背後で動いている。
「あれ、咲人? 何?」
「もうすぐ家だから、寝てて良いよ」
「…………」
再び眠ったのか、美佳子は何も話さなくなった。しかし不思議と、寝息が聞こえて来ない。
一体どうしたのだろうかと考えた数秒後、俺は自分の失態に気付いた。久しぶりに感じた、例のアレの気配。
極力揺らさない様に気をつけていたつもりだったけど、まだまだ俺の運搬テクニックは不足していたらしい。
俺の背中に、生暖かい液体が降り注いだ時に全てを察した。良かった、制服を着ている時じゃなくて。
何だろうな、やっぱり俺は変なのかも。もう吐かれる事にすら慣れを感じてしまっている。せめてこれで喜びを感じる人間にだけはなりたくないなぁ。
これ以上行ったら吐くなと分かっていても飲むのが酒カス。吐くまで飲んでこそ酒カス。肝臓は常に限界可動。
そして美女のゲロは一部の業界ではご褒美です知らんけど。




