第161話 咲人が伸び悩む理由
2年生に進級する前から抱えていた問題がある。それはタイムの伸び悩みだ。全く伸びない程の致命的なものではないけど、どうにか解決する必要がある。
今年の夏までは先輩達が居るけど、それ以降は俺達2年生が部の中心となる。そうなると走る区間が変わるかも知れないし、夏だってどうなるかは不明だ。
そろそろ駅伝大会のメンバー発表があるだろうけど、それまでには突破口を見出しておきたい。
だから最近は顧問の勝本先生や、シルバージムの山崎さんに相談している。今日はその山崎さんに相談をする日だ。
「東君は発育が良いのが問題なのかも」
「と、言いますと?」
「ほら、君は1年生の間に身長が5㎝も伸びたじゃない?」
ジムでは定期的に身長と体重、そして体脂肪率や筋肉量を測定する。その結果俺は入学時の173㎝から178㎝まで伸びていた。
それの何が問題かと言えば、体重とのバランスだった。一般的に長距離ランナーは、体重が軽い方が有利と言われている。
山崎さんの方針も同じで、体重の管理は行って来た。ただ軽すぎても問題であり、主にBMIが16から21の範囲に留める方向でやって来た。
ジムに来た時は身長173㎝で体重が53㎏ありBMIが17、今は体重が55㎏でやはりBMIは17だ。
その範囲に収まってはいるけれど、もう少し増やした方が良いのかも知れないと言う話は以前から出ていた。
「増量が必要な時期が来たのかもね」
「それが伸びない原因だと?」
「ええ。フォームの改善も含めて色々やってみましょう」
太って体重を増やすのは絶対にNGだ。体脂肪率は出来るだけ低い方が良い。俺は現在10%辺りをウロウロとしている。
ここから脂肪を増やして体重を増やすのではなく、純粋に筋肉を増やして重量を上げる。それがこれからの方針になっていく。
10代の間は特に肉体の変化が起こり易く、俺の様なケースはそこまで珍しい話ではないらしい。
例えば女性の場合は男性より脂肪が付き易いので、俺とは逆で減量に苦戦する事も普通にあるそう。
俺の場合は体格がより大きくなったので、筋肉の増量で全体のバランスを取る方向性だ。
体重を増やすと言うとマイナスイメージがあるけれど、筋肉を増やす場合はメリットがちゃんとある。
「持久力や瞬発力がその分上がるから、タイムが伸びる筈よ」
「具体的にどれぐらい増やすんですか?」
「先ずは1㎏かな。それで変わらないならもう1㎏増やそう」
体重と筋肉量をこまめに調べながら、少しずつ増やしていく。BMIで言えば18から19辺りに上げる。
足腰のパワーを上げつつ、伸びた身長に合わせてフォームも再確認する。まだ身長が伸びる様であれば、その都度こまめに確認と調整を行う。
成長期の伸びは人それぞれなので、俺の成長がどこで止まるかは分からない。少々筋肉量を増やしたぐらいでは、大差がないかも知れない。
しかし現状タイムが伸びないのだから、やれる事は全部試すしかない。自分に合ったボディバランスを、自分で知るのは大切だと山崎さんから教わっている。
「プロの選手だと、BMIが20有る人もそれなりに居るからね」
「体づくりって難しいですね」
「そうだよ。たった1㎏で変わる事だってあるよ」
高校生でこれだけ悩むのだから、プロの世界はもっと大変だろう。食事制限に滅茶苦茶拘る人は珍しくないし、体型の維持には半端じゃない労力を割いている。
俺は友人達と適当にファストフード店に入るけど、多分そんな事は出来ないのだろうな。
一流と呼ばれる人々は、日々の健康に細心の注意を払っていると聞く。もし本当にプロを目指すのであれば、その覚悟が必要になるんだと思う。
目先の食欲に負けず、ストイックにコンディションの維持を行う。言うだけなら簡単でも、継続するのは大変だろう。
そんな諸々の話を山崎さんとしていたら、ちょうどトレーニングが終わったらしい美佳子がやって来た。
「咲人、調子はどう?」
「悪くはないよ。こっちもそろそろ終わり」
「篠原さん、東君はまだ大きくなるかも知れませんよ」
へぇそうなんだと美佳子も会話に参加した。運動直後の軽く汗ばんだ姿が、妙にセクシーで困る。薄手のショートパンツとTシャツ姿は刺激的だ。
学校の女子にはない大人の色気が尋常ではない。スタイルが良いだけに、相変わらず破壊力が凄まじい。
大人の女性達は若いって良いねぇなんて話しているけど、2人ともスタイルの良い綺麗なお姉さんだ。
十分若者側であるというのに、何を言っているのだろうか。世の男子高校生であれば、2人の様な女性が相手なら簡単に落ちると思う。
大人の女性と言うだけで、何かこう表現しきれない魅力があると俺は思う。実際に学校では相変わらず阿坂先生が人気者だし。
告白して玉砕している男子は今も居る。新入生達にも、既に心奪われた生徒が居るらしい。厳しいけど良い先生ではあるから、人気が出るのも納得だ。
「でも確かに、咲人は大人っぽくなったよね」
「え、そ、そうかな?」
「篠原さんもそう思います?」
俺の成長の話から、何故かそんな話に変わった。2人のお姉さんから褒められるのは、そう悪い気分ではない。
自分では良く分からないけど、2人がそう言うならそうなのか。少なくとも大人に近付けているなら、それは喜ばしい事だ。
今はまだ高校生だけど、いつかは美佳子が頼ってくれる様な男になりたいと思う。そんな意味も込めて、これからの1年間も頑張ろう。
体重やBMIの件は諸説あります。大谷選手みたいな野球界のバグもとい型破りが実在するので、陸上版のオオタニサンみたいな人が出て来て全部ひっくり返る可能性もあります。




