第160話 咲人の誕生日
久しぶりの美佳子視点です。
4月10日は咲人の誕生日だ。ボク達が付き合い始めて、初めての彼氏の誕生日を迎えた。
咲人が17歳になって、また年齢差が15歳に戻った。改めて考えると良くもまあ、こうして関係が続いているなって。
ボク自身は昔とそんなに変わっていないから、純粋に咲人と相性が良かったんだと思う。凄く献身的で優しい男の子で、何より押しつけがましくない。
これだけの事をやってあげたと、見返りを求める事もない。尽くすタイプだと言いながらも、結局リターンを要求する人は多い。
それは尽くすタイプではなく、尽くしている自分に酔っているだけでしょ? 過去に一度だけ、ストレートにそう言い放った事がある。もちろんソイツとは別れたよね結局。
「ねぇ美佳子、本当に買って貰って良かった?」
「良いんだよ、咲人の誕生日なんだから」
「……ありがとう。大事に使うよ」
少し遠慮がちに、助手席で先程買ったばかりの箱を咲人が抱えている。ボクは咲人の誕生日にあげる物を以前から決めていた。
それは咲人が日常的に陸上で使うランニングシューズ。それもなるべく良い品をあげたかったから、車で出掛けてスポーツショップに行った。
ボクなら数万円していようが購入するのは簡単だ。家計を支えねばならない咲人のお父さんには、軽くない負担だろうからここはボクの出番かなって。
それに咲人はあんまり無駄遣いをしないタイプだ。バイト代を渡しているのに、あんまり使ってはいないらしい。この年齢で貯金が出来るのは良い事だと思う。
「やっぱりさ、道具は良い物を使う方が良いからさ」
「それは、美佳子なりのポリシー?」
「うん、そうだよ。ボクは機材とか、ケチらないからね」
何をするにしても、ボクは良い物を揃える主義だ。道具をケチって得する事なんて無いとボクは思う。
経済的に得をした様に見えても、結局良い物を揃えた人とはステージが違う。安物買いの銭失いって言葉があるけど、ボクはあれが真理だと思っている。
ただそれは安い物全てが悪だと言う話ではないよ。だからこそ出来る事だってあるし、ボクは牛丼もハンバーガーも好んで食べる。
安い事が売りの商売は、それはそれで価値がある。ただし自分が打ち込みたい何かで、使う道具になると別って話だね。
出て来る結果に直結する部分で、ケチっていては良い結果に繋がらない。そこはしっかりと、初期投資が必要だ。
「良い物を使うのは無駄遣いじゃないからね」
「良い時計を買え、みたいな話?」
「そうそう。あ、でも最高級って意味じゃないからね。身の丈に合わせるのも大事だよ」
何でも高ければ良いって誤解をする人も居るよね。でもそれは間違いで、身の丈に合わなければただの無駄遣いになる。
免許もないのに高級車だけ持っていても意味がないし、財布だけ高くても中身が千円札1枚なら見栄でしかない。
この辺りはまだ、咲人には実感が出来ない部分かもね。大人になる過程でしか知れない事は沢山あるし。
教えてあげる事も出来るけど、自分で知る機会までは奪いたくない。ボクは咲人をコントロールしたい訳では無いからね。
何を見て何を思うか、それは咲人が決める事だ。明確な過ちでも犯さない限り、ボクは好きにしてくれて良いと思っている。
「さ、マサツグが待っているからね。ケーキを買って帰ろうか」
「うん。本当にありがとう、色々と」
「良いんだよ。ボクだって色々として貰っているんだから」
本当に咲人のお陰で変わった事は多い。先ず生活が凄くし易くなった。ボクが何を何処に置いて欲しいのか、それをちゃんと考えて掃除をしてくれる。
場所を変えて欲しくない物と、そうでない物を把握してくれている。だから凄くやり易くて、仕事の効率が少し上がったぐらいだよ。
マネージャーとか、向いているのかも知れないね。実際ボクのマネージャーみたいな状態だしね。
両親の事だって、思ったよりもスムーズに話が進んだ。もっと反発されるかと思ったんだけどね。
多分咲人がこう言う人だから、母親も強くは出なかったのかな。まあどう考えても、超優良物件だし。どこからどう見ても好青年で、将来に期待も出来るしね。
「俺、そんなに何か出来てるかな?」
「当たり前じゃん! 生まれて来てくれてありがとうだよ」
「そ、そこまで?」
本当に心からそう思っているんだけどね。咲人が居なかったら、今のボクは存在していない。
きっと独り身のまま40歳になっていたと思うし、どこかで心が折れていたかも知れない。
それだけ孤独は辛いし、ネットがあると言っても結局配信を終われば家で1人だ。人の温もりが無い生活は、どこかで人を狂わせてしまう。
孤独に負けてしまった人は、世の中に一杯居る。拗らせておかしくなった人は沢山居る。ボクもそうなってしまうのか、考えていた事もあった。
だけどそんな不安な未来を、咲人が払拭してくれた。今までの誰とも違って、大切にしてくれているのが伝わって来る。
容姿や肩書に釣られて来た男性とは何もかもが違う。そんな形だけの好意じゃなくて、ボクと言う存在を受け入れてくれている。
「それぐらい、咲人は魅力的な男性だって事だよ」
「ど、どうもありがとう? あんま自覚ないけど」
「さて、もうすぐケーキ屋だよ」
本当に君は自覚がないよねぇ。変な所で謙虚というか、自信がないというか。でもだから良いのかもね。
変に威張らず振り翳さず、ただ素直に真っ直ぐ生きている。そんな咲人だからこそ、ボクは幸せで居られる。
もう咲人のお母さんには会えないけれど、それでもボクは思っている。咲人を産んでくれて、ありがとうございますってね。




