第158話 危険な誘惑
2年生としての生活が始まってから数日が経ち、俺はいつもの様に美佳子の家に来ていた。
学校生活は例の噂を除けば平和そのものだ。授業はついていけない程ではないし、無難に日々を過ごしている。
部活の方も後輩が入って来たぐらいで、大きな変化は無かった。とりあえずは夏に向けて練習を重ねる方向で調整している。
現状の問題はタイムの伸びと、進路をどうするかと言う2点だ。前者はともかく、後者については美佳子に相談してみる事にした。
まあその……まだ気が早いけど結婚するつもりなんだし。そう言う意味でも話し合うのは大事かなと。
「進路について悩んでいる? どうして?」
「色んな道があるから、どうしようかなって」
「確かに咲人なら、色々やれそうだしねぇ」
俺にはこれしかない! と自信を持って進める道があれば楽なのだろう。だけど俺はそうじゃない。
調理師にランナーに管理栄養士などなど。修行して板前になるなんて道も、観光客の多い日本では選択肢かな。
何らかの飲食店をやるのも楽しそうではある。食品メーカーで商品企画も、それはそれで楽しそう。
やりたい事が無くて悩んでいるのではなく、どの道に進むべきかを決めあぐねている。流石に全部やろうなんて、バカみたいな考えはない。
そんなのもう人間に出来る範疇ではないだろう。現実的ではない、と言う方が正しいか。
「なるほどねぇ。どれも悪くはないと思う」
「でも就職したら、陸上を続けるのは難しいかなって」
「実業団に入れば続けられるんじゃない?」
「え、実業団ってプロが入る所じゃ?」
それは俺の勝手なイメージだったけど、どうやら違っているらしい。正確に言えば正社員をやりながらでも所属は可能で、色々と形態があるらしい。
美佳子もそこまで詳しい訳では無かったけれど、ある程度分かり易く説明をしてくれた。
実業団は企業が運営している部活動みたいなものだけど、会社のお金が動くので責任が重い。今と活動は大きく変わらないけど、気楽ではない。
ただその分しっかりとした活動が出来るので、大きなメリットがあるらしい。もちろん所属するにはちゃんと実績を残して、所属させる価値を示す必要はあると。
何となくのイメージだと、大人版のスポーツ推薦って感じかな? 成績が悪くても卒業出来る程、甘くはないのと似ている。
「先ずは顧問の先生に聞いてみたら? 知り合いとか居るかもだし」
「色々あるんだなぁ」
「まだ高2だもんねぇ。知らない事は沢山あるよ」
今までは部活だけをやっていれば良かった。それだけで大会とか出られるし、楽しくやれていた。
でもこれからは、将来をどうしたいかも考えないといけない。世界陸上に出てみたいって夢も、本気で叶える為に動くのか。
それとも学生の間だけの楽しみとして割り切るのか。その方向性をそろそろ定める時期に来ている。
自分がどこまでやりたいのか、何者になりたいのか。楽しいからって感情に任せて来たけれど、俺はどうなりたいのだろう?
自分でもそこがピンと来ていない。そりゃなれるならプロになりたいさ。でもそれで俺は、美佳子と生活が出来るぐらいの収入を得られるのか?
俺にとって一番大事なのは、一体どこにあるのだろうか。そう言えば美佳子の学生時代は、どうだったんだろう?
「美佳子はモデルになるって決めた時、どんな感じだったの?」
「ボクかい? うーん、楽しそうだなぁって。当時中学生だったから、理由はその程度だよ」
「なのに大人になっても続けられた?」
「あんまり深く考えていなかったんだよ。だから辞めているでしょ」
ストーカーみたいなファンとか、変なおじさんとか色々あったと聞いている。それが嫌で美佳子はモデルを辞めてしまった。
俺にはその辛さが分からないけど、プロの世界って多分どんな職業でも同じ筈だ。良い結果を出せなかったからと、ファンに不満をぶつけられる選手は沢山いる。
それこそ美佳子の様に、変なファンに付きまとわられた話は男性でもある話だ。出る杭は打たれると言うけれど、それだけ厳しい世界だと言う事。
美佳子ほどの凄い女性でも、嫌になって辞める様な出来事が起こるんだ。そこはちゃんと、真剣に考えないといけない。
「咲人が中々結果の出せないプロになっても、ボクが養うから安心して良いよ」
「それはヒモみたいだからちょっと……」
「ボクは別に気にしないよ?」
そりゃ金銭的な余裕があるのは知っているけど、俺も何かしらの方法でちゃんと家庭に貢献したい。
美佳子に甘えっぱなしの生活を送り続けるのは嫌だ。そう考えると、やっぱり就職はしておきたいよな。
となると先ずは進学する方向になって来る。大学生になれば箱根駅伝もあるし、そっちも興味がある。
プロを目指すかはまた考えるとして、先ずは大学生を目指すのが最有力候補になるのかな。
高卒で料理人としての修行に出る道もあるけど、そっちは駄目だった時のリスクが高いよなぁ。
最終学歴が高卒になってしまうから、あんまり良い選択には見えない。先ず美佳子との生活がある以上は、下手な冒険には出たくない。
目指す未来とその辺りのバランスを考えながら、俺の将来について色々と2人で話し合った。
頻繫に養うよと言ってくれるんだけど、美佳子は俺をヒモにしたいのだろうか? その道だけは絶対に俺は選ばないぞ。
少しだけ、ほんの僅かだけ魅力を感じてはいたけれども。でもヒモにだけは絶対にならないぞ。
今後の方針についてと、今更ながら美佳子をどうしてこの様なキャラクターにしたのかを最新の近況報告に書いておきました。もし気になっている方がいらしたらそちらをご確認ください。
ちなみに私は20代前半の頃に、わりと本気でヒモになりたいと思っていました。(ただのカス)




