第157話 平凡(?)な始業式
4月に入って俺は2年生になった。クラス替えによってある程度メンバーが変わり、1年生の頃とは顔ぶれが違う。
ただ初めて会った相手はそう多くはなく、半分ぐらいは知っている人だった。特に体育会系の男子生徒は何度か言葉を交わした事がある。
それ以外の生徒は良く知らない。助かったのは一哉と澤井さんがまた同じクラスだったのと、駅伝でチームメンバーだった柴田が居た事だ。
逆に女子は変化が大きく、そこまで親交の無かった人が男子より多い。知ってはいるし見た事はあるって程度の女子が4割ほど居る。
「また咲人と一緒だったな」
「そうだな。澤井さんと柴田も一緒で良かったよ」
「口うるせぇ斎藤が居なくなったのは俺的にプラスだ」
一哉は中学時代から親交のあった斎藤さんには容赦がない物言いをする。まあそれは向こうもそうだからお互い様なんだけど。
2人のやりとりが面白いから、俺は結構好きだったけどね。何であれこのクラスがどうなって行くのか、これから楽しみだ。
見た感じ面白そうなメンバーになっている様に思う。変な噂のある人は見当たらないし、平和に過ごせると思う。
そして流石に今年は面倒な立場にならない様に気をつけたい所。無難に体育会系生徒Aぐらいのポジションが理想的だ。
1年の時は美佳子絡みで少し目立ち過ぎたしな。もう恋のキューピットみたいな事はやりたくない。
「東と坂井が同じクラスか」
「駅伝以外でもよろしくな柴田」
「うっす! 1年間よろしく~」
陸上部の男子3人で集まって、暫く雑談に興じる。俺達は苗字的に出席番号が近いから、座る位置もそんなに離れていない。
座席にも恵まれたと思って良いだろう。話のついでだからと、柴田が1年の時に同じクラスだった友人を紹介してくれた。
バスケ部に所属する細身で背が高い田畑篤と、ハンドボール部の日焼けが似合う佐伯恭弥にバレー部で大柄な西岡翔の3人だ。
この中で西岡は1年の時に同じクラスだった、安達慎吾と仲が良かったので既に知っていた。これまでにも何度か会話をした事がある。
残る2人はあんまり親交が無かったけど、話してみたらノリの良い奴みたいで不快感もない。
新しく増えた友人達と会話を続けていたら、担任の先生がホームルームを行う為に教室にやって来た。担任も1年の時と変わらず関谷先生だ。
「ほらほら座れお前ら」
「じゃあまた後でな」
「ああ、また帰りにな」
一哉達が俺の席から離れて行き、2年生になって最初のホームルームが始まる。新学期が始まったばかりで、特にこれと言って変わった話はない。
そろそろ具体的な進路を考える様にとか、後輩が出来たのだから先輩らしくしろとか。どこかで聞いた様な、無難で当たり障りのない話が続いていく。
進路についてはまだ悩んでいるから、今年はもっと真剣に考えようと思っている。料理人を目指すのか、本格的にプロのランナーを目指すのか。
それとも管理栄養士とか、山崎さんみたいなスポーツトレーナーも悪くない。選べる道が幾らかあって、どれも魅力を感じている。
「それじゃあ今日は解散だ。新学期だからって、浮かれて馬鹿をやるなよ」
関谷先生がホームルームを終わらせて、教室を出て行った。これで本日の始業式は終わりで、学校は午前中だけだ。
部活も初日はないので、この後は自由な時間となっている。一哉達と遊びに行っても良いし、帰ってジムに行くのも良い。
それとも美佳子の家に行くのも有りか。ただ時間的にはまだ寝ている可能性があるんだよな。
配信者としても社長としても、ずっと忙しくしている美佳子は休めるタイミングが限られる。
もし美佳子が寝ているのなら起こしてしまうし、下手に連絡を入れるのも少し躊躇われる。
さあどうしようかと悩んでいる俺の所に、澤井さんが何人かの女子を連れてこっちに歩いて来る。
「東君、ちょっと時間ある?」
「大丈夫だけど、何かあった?」
「実は友達が、東君を紹介して欲しいって言って来てね」
うん? 俺を紹介する意味なんてある? 同じクラスになったから宜しく的な? でも何かそんな意味では無さそうな言い方だったぞ。
クラスメイトとして宜しくね~って、そんな雰囲気では無い様な気がして来た。妙なモノを感じている間に、澤井さんは3人の女子を紹介してくれた。
1人目は女子バレー部の安田茉央さん、俺とそう変わらない170cmは有りそうな高身長でボーイッシュな女子だ。
彼女は1年の時に同じクラスだった、霜月さんの友達だそうな。どうりで見覚えがあった訳だ。
2人目は新川絵里さんと言う水泳部の女子だ。黒髪のショートカットで身長は平均的な感じだ。明るい印象が強く、澤井さんとイメージは近い。
そして最後は松下彩香さんで、ダンス部所属のギャルっぽい子だ。話した雰囲気は斎藤さんに近い気がする。
背は少し低いけど、気が強そうな感じだ。で、この女子達に俺を紹介した意味は? 俺が不思議そうにしていると、澤井さんが理由を話してくれた。
「3人がさ、文化祭の時の噂を聞いたらしくて」
「…………えっ、と? 噂って?」
「東ってさ、ポプガの人とかコスメ会社の人と知り合いなんでしょ!?」
「う、うん? あっ……あれは、その」
ポプガって何だっけと思い返していたら、ファッション雑誌の『ポップガール』だ。あれは美佳子の友人である、竹原沙耶香さんが担当している雑誌だ。
それからコスメの人は間違いなく美佳子だ。コスメの人ってのは完全な間違いじゃないけど、それは美佳子の本業がバレない様に誤魔化しただけだ。
美佳子の本業については、澤井さんにも未だに明かしていない。しかしそれが不味かったらしい。
どうやら俺はコスメ関連会社の美人社長と交際していて、ファッション誌にもパイプがある只者ではない男子だと一部で噂が流れていたらしい。
否定したいけど完全な間違いでもないので、弁明するのが難しい。何より困った事は、俺の噂が一人歩きしてしまっている点だ。
只者でしかない俺が、何故か凄い生徒扱いをされていた。どうも平穏な俺の高校生活は、元から存在しなかったらしい。
ここで竹原沙耶香だけ初登場でない女性をフルネーム認識しているのは、美佳子の友人という咲人にとって特別な存在だからです。
あの人は咲人が女性の名前をフルで覚えている数少ない人物の1人です。咲人が現時点でフルネームをハッキリと覚えている女性は美佳子以外だと、幼馴染の夏歩とかつて憧れた和彦の母、そして美佳子の母親と沙耶香です。




