第155話 あの頃の様に3人で
■お詫び
本来152話として投稿する予定のエピソードでした。1話分飛ばして投稿してしまった事に気が付いた時には153話が投稿済みだったので、このまま155話にする事を決めました。
遡って読み直す労力を割いて頂くよりは、この方が良いかなと言う判断です。ややこしい事をしてしまい、申し訳ございません。
和彦が会話してくれる様になってから、お互いに色々と話をした。これまでの私生活とか、高校での日々についても共有した。
結局こうなってしまえば展開は早く、少しずつ元の和彦に戻っていった。そして和彦は、再び夏歩と向き合う事を決めた。
美佳子の実家から戻った翌日の夜、俺は和彦を連れて近所の馴染み深い場所へ向かう。昔からあるそこそこ広い公園で、小さい頃から良く3人で遊んでいた。
俺達の想い出が詰まったこの場所で、夏歩と待ち合わせをしていた。時間は19時と暗くなり始めているけど、公園の中は街灯のお陰で明るかった。
奥まで進んで行くと、昔から俺達が良く使っていたベンチに夏歩が座っていた。どうやら先に到着していたらしい。
「…………夏歩」
「久しぶりだね、和彦」
「その、ごめん!」
和彦は勢い良く頭を下げた。体格が良いだけに、それだけでも大きな動きになる。だけど今の和彦は、小さな頃と変わらない様に感じた。
これまでにも何度か、夏歩を怒らせて謝る事があった。その記憶と全く変わらない構図に、懐かしさを覚えたからだろうか。
180センチを超える長身に育っても、根は変わっていないと素直に思えた。俺は先に夏歩に謝罪を済ませていたけど、和彦の方はまだ済んでいない。
それ故の謝罪であるが、夏帆は呆れた表情を浮かべている。それがまた余計に幼少期を思い起こさせる。
「和彦が私に謝るのは変じゃない?」
「いや、でも……迷惑を掛けたから。態度も悪かったし」
「私はそれぐらいで怒る程、もう子供じゃないよ」
小学生の頃であったなら、もっと幼かったら怒ったかも知れない。冷たい態度を取られたとか、口を聞いてくれなくなったとかそんな理由で。
だけど俺達はもう高校生になり、拗れた理由も分かっている。恋愛感情が原因で、気まずい関係になってしまっただけだ。
相手を貶めたり、暴言を浴びせ合ったりしたのではないのだから。それでも愚直に頭を下げるのは、如何にも和彦らしい行動だ。
同じ事を思ったからか、夏帆は少しだけ笑っていた。だって何もかもが、昔と変わっていないのだから。
「そう言う所、咲人と和彦はそっくりだよね」
「え? 俺?」
「まるで兄弟みたい」
そんなに似ているつもりは無いけれど、昔から知っている夏歩が言うからにはそうなのか?
良く分かっていない俺と和彦は、顔を見合わせる。その様子がおかしかったのか、夏歩が笑い声を上げた。
お陰で和やかな雰囲気となり、俺達の間に出来ていた溝が消えていく。完全に元通りではないけれど、俺達はまた3人に戻る事が出来た。
それぞれが自分なりの答えを出して、また向き合う事が出来る様になった。3年に満たない程度のすれ違い期間はこれで終わり。
高校生になった俺達の、新しい関係が始まった。お互いに少しだけ大人に近付いたからか、以前と違い許し合う事が出来ている。
「それにどっちかって言うと、悪いのは全然気付いてくれなかった咲人だし」
「その件に関しては、本当に申し訳ございません」
「ふふふ、冗談だよ。でも私じゃない人を選んだからには、たまに弄らせて貰います」
なんだその澤井さん方式は? 何なの? 女子の間で流行っているのか? あまり精神衛生上よろしくない弄りは勘弁して頂きたい。
ただまあ、好意に応えなかった者として、真っ直ぐ受け入れましょうとも。俺が贅沢な選択をした自覚はちゃんとある。
夏歩も澤井さんも、十分過ぎる程に美人なのは分かっている。それでも俺が選ぶのは、美佳子ただ1人だけ。
こればっかりは気持ちの問題だから、曲げる事はとても出来ない。それに2人共が、今はもう俺に対する恋心はない。
その意思確認をお互いにした以上は、終わった事として対応せねばならない。冗談は冗談として、ちゃんと受け取っておきますよ。
それより今日のメインはこれだけじゃない。こうして会うのを公園にした理由は、他にもあるんだ。
「なあ和彦、そろそろ始めようぜ」
「本当にやるのか?」
「当たり前だろ。でないとこんな物を持って来るかよ」
俺が持って来た道具、それは俺が中学時代まで使っていた古いグローブ。和彦と遊ぶ時だけに使う、用途が限定されていた代物だ。
そもそも俺は陸上部だし、球技はミニバスしかやっていない。だけど良くこうして公園で、和彦とキャッチボールをしていた。
あの頃を懐かしみながら、グローブを左手に嵌める。14歳の時には少し大きかったグローブは、17歳になった今では少し小さい。
それだけの時間が流れていたという証明だ。俺達が離れていた期間は無くならないけど、その分をこれから取り戻す事は出来る筈だ。
これからまた、3人で楽しく過ごせば良いんだから。それが俺達には出来る事だと思うから。
「次の甲子園はさ、俺も応援に行くよっと!」
「私も行くよ、和彦」
「…………ありがとう、2人とも」
俺が投げたボールを受け取った和彦は、一瞬だけ俯いたけど再び顔を上げた時には笑っていた。
この行動が和彦の全てを解決出来るとは思っていない。不登校を止めて学校に通い始めても、何もかもが元通りという話ではない。
休んだ期間が無くなる訳ではないのだから。ただ和彦は本来勤勉で無遅刻無欠席だった。不登校になるまでは、真面目な生徒をやっていた。
同時に優秀な選手でもあったからか、特別に進級はさせて貰えるらしい。だがその分受けねばならない補習期間は長く、数ヶ月掛かる予定だとか。
そんな状況で野球部も頑張るなんて、簡単に出来る事ではないと思う。それでも俺は、和彦がこれぐらいで諦めるとは思えない。
確かに一度は挫折したかも知れないけど、負けっぱなしで終わる奴じゃない。今度こそは、約束を果たしてくれるに違いない。
それが俺の幼馴染、馬場和彦という男だ。俺も夏歩も、その事を良く分かっている。
「咲人―! 次は私と変わってねー!」
「おー! 分かってる!」
「行くぞ咲人!」
街灯と月明かりの下で、俺達は3人でキャッチボールをした。小さい頃からやっていた習慣が、生活の一部に戻った感覚がある。
それはきっと夏歩と和彦も同じなんじゃないかな。だってもう俺達は、あの頃の様に笑い合えているのだから。




