第153話 両親への挨拶 前編
春休みに入った3月末、遂にやって来た美佳子の実家。予想通り篠原家は結構な大きさを誇っている。
幾ら都市部ではないと言っても、こんな立派なお屋敷を持つ家庭が平凡な筈はない。何て呼ぶのだったか、母屋、だっけ?
明らかにメインとなる建物と、そうでない建物が分かれていた。そして立派な蔵らしき建物もあるのが見えている。
あんなの漫画とかでしか見た事がない。実際に蔵がある家って、存在するんだなと妙な感動を覚えた。
そして同時に、大きなプレッシャーも感じている。どこからどう見ても、美佳子は良い所のお嬢様確定です。
流石にこのレベルだとは思っていなかった。俺みたいな高校生で大丈夫かと、不安が心の中で揺れ動いている。
ただ美佳子が言うには、お父さんは恐らく大丈夫らしい。現状では凄い怖そうな男性が出て来るイメージしか、思い浮かばないんだけどな。
「お母さんが煩かったらごめんね」
「いえ、向き合わないといけませんから」
「あんまり話が通じる人じゃないよ?」
美佳子はお母さんと仲があまり良くないらしい。それは事前に聞いていたから分かっている。
だけど本当に話が通じない人なら、美佳子がこんな風に育つだろうか? 滅茶苦茶な人であったなら、こんな優秀な女性に育たないのではないだろうか。
まだまだ短い人生経験だけど、俺としてはそう思ってしまう。前時代的だと美佳子は言っていたけど、その全てが悪い事だとは思わない。
昔はそれで成り立っていて、今の時代には合わないと言うだけじゃないか? それはイコール悪ではないし、悪い人と先入観を持ってはいけない。
俺が好きになった女性の母親だし、出来るなら認められたい。美佳子は良い大人なのだから、親の許可が不要なのは分かっている。
それでもどうせなら、なんて考える俺は変なのだろうか。普通は親なんて関係ねぇよって考えるのかな?
「こっちだよ咲人」
「お、お邪魔します!」
「そんなに緊張しなくて大丈夫だって」
そうは言われても、先ずこんな大きな屋敷に入った事が殆どない。小学校の卒業旅行で、岡山に行った時に見たぐらいだ。
もう名前までは覚えていないけど、倉敷の大きなお屋敷だった。屋内から感じた僅かな木の香りと、床板の軋む音と共に廊下を2人で進む。
ここで美佳子が育ったのかと、新鮮な気持ちで周囲を見る。だがそれも長くは続かず、目的の部屋に到着した。
この襖の向こうに、美佳子の両親が居るのだろう。俺はこれから、美佳子の両親に挨拶をする。
失礼がない様に、礼儀正しさを忘れないよう気を付けろ。そして俺の意思をしっかり伝えて、交際を認めてもらいたい。
「ただいま。彼氏を連れて来たよ」
「初めまして! 美佳子さんとお付き合いをさせて頂いてます、東咲人と申します!」
「「……」」
俺はそれなりの声量で挨拶をし、しつかり2人と目を合わせてから深く頭を下げた。敬語の使い方はこれで合っていたのだろうか?
多分合っている筈だけど、あんまり自信はない。もう少し国語の勉強を頑張っておけば良かったと、今更後悔しても遅い。
2人から反応が無い様だけど、何かやってしまっただろうか? 大きな失敗はしていないと思うけど。
恐る恐る頭を上げた俺の目には、驚いた様に両目を大きく開いた美佳子の両親が映った。
厳つい感じの男性が父親の篠原龍介さんで、隣に座っている美佳子に似た女性が母親の篠原聖子さんかな。美佳子に聞いていたので、見た目だけでそれが分かる。
「すまないが、君は今何歳かな?」
「16歳です。来月には17歳になります」
「美佳子……貴女……」
両親の目が美佳子へと向かう。やっぱり年齢差に驚くよな。俺は未成年で、社会にすら出ていない。
収入は一応あるけれど、それも美佳子の下でバイトをしているだけだ。社会人経験と言うにはあまりにも弱い。
こんなガキを連れて来て、なんて罵倒をされる空気では無さそうだが果たして。今の所は驚きが大半を占めている様子だけど、2人はどう思ったのだろうか。
そこらの小僧に娘はやらん! とか言われないだろうか? 美佳子は大丈夫だと言うけれど、父親としては複雑な筈だ。
何も思わないなんて事はないだろう。まさかとは思うけど、押入れから日本刀を出して来たりしないよな?
「年齢差なら私はちゃんと分かっているよ。咲人の親御さんにも許可は貰っているし」
「だからって貴女……高校生を連れて来るなんて」
「ま、まあ母さん。一旦落ち着こうか。まだ自己紹介すらしていないんだ」
驚愕から復帰したらしいお義父さんが場を改め、俺は自己紹介を受けて用意されていた座布団に座る。
微妙な空気に包まれつつも、出されたお茶を一口だけ飲む。さて俺はどう思われたんだ?
生意気なガキとは思われていないと思うけど、決して好印象とは言い切れない。明らかに困惑とか混乱が中心にある。
何から話せば良いのか探っているらしい2人は、視線を交わし合いながら俺達を見る。
その視線は不躾ではなく、判断に困っているだけの様子だ。まあそうだよな、普通に考えたらこうなるだろう。
「美佳子、父さん達に説明してくれないか?」
「良いけど、何から話す?」
「貴女と彼がこうなった経緯とか、順番に話をしてくれるかしら?」
やや疲れた様な表情を浮かべながら、お義母さんがそう答えた。それから美佳子が中心となって、俺達のこれまでの話を始めた。
流石に出会い方の詳細は、曖昧にしていたけどね。俺にはとても言えないよ、貴方達の娘が酔って道路に寝転がっていたなんて。
長くなったので分割しました。結果3章完結は156話になりました。




