第151話 幼き日の咲人達
まだ咲人が幼かった頃、幼馴染の和彦と夏歩とは家族ぐるみで出掛ける事が多かった。特に咲人達は、大きな自然公園に行って遊ぶのが好きだった。
元々活発な3人だったので、元気に走り回ったりボール遊びをしたりしていた。そんな中で、和彦が野球に向いているのではないかと言う話になった。
本格的な野球はやっていなかったが、キャッチボール等でその片鱗を見せている。それならばと和彦の両親は、地元の少年野球に入ってみたらどうかと提案した。
最初は悩んでいた和彦も、咲人と夏歩が後押しをするので始めてみる事に。結果的に和彦は少年野球を気に入り、本格的に野球を始めた。
始めたばかりの小学1年生の時点では、特筆する程に上手かったとは言えない。だが向いていたのは事実であり、成長速度は早かった。
結果的に和彦は、咲人や夏歩にとってのヒーロー的な存在になった。みるみる内に技術を覚え、活躍を見せ始める。
「すげぇ~! かずひこカッコイイな!」
「そ、そうか?」
「さきとの言う通りだよ! すごいね、かずひこ」
ユニフォームを着てプレイする和彦を見て、咲人と夏歩が褒め称える。別に何がどうだった訳でも無く、単に練習でヒットを打ったというだけだ。
それでも幼い咲人と夏歩には、まるでプロ野球選手にでもなったかの様に見えた。幼い子供の感性なんてそんなもので、ちょっとした事を大層に感じ取る。
彼らが通う小学校のグラウンドで、毎週土日に行われる練習風景をたまに咲人と夏歩が見学に行く。
そんな生活を続けている内に習慣となり、定期的に和彦の練習を咲人達は見に行っていた。
次第に幼馴染2人の応援が、幼い和彦の頑張る理由となっていった。友人達に良い所を見せたい、最初はそんな幼い願いだった。
上手くなればなるだけ、咲人と夏歩が褒めてくれる。親友と好きな女の子が喜んでくれるから、和彦は野球を頑張り続けた。
「和彦! 俺、陸上部に入るよ!」
「そっか! 咲人は走るの好きだしな」
「マラソンとか、出られる様になりたいんだ」
和彦に触発された咲人は、小学3年生から始まった部活動で陸上部に入った。自分も親友の様に、スポーツで活躍出来る存在になりたい。
そんな風に考えて、自分が得意な走る事をメインとする競技を選んだ。残念ながら咲人には野球の適性が無かったので、和彦と同じ道を歩めなかった。
もし適正があったなら、2人で野球をやっていたのかも知れない。ともあれ違う道ではあっても、同じくスポーツを嗜む仲間にはなった。
夏歩も陸上部を選んだが、理由はハードル走が得意だからと言うものだった。それは事実であったし、咲人と和彦は特に疑う事も無かった。
この時和彦は、他の良く知らない男子から咲人が夏歩を守るだろうと考えた。そして咲人は、好意が故に同じ部を選んだなど全く気付いてもいなかった。
そうして1年が過ぎ、4年生になったある日の事。少年野球の公式戦で、和彦はランニングホームランを打った。
相手チームのエラーという、少年野球ではそう珍しくない理由でツーベースがホームランになった。
エラーが原因でもホームランに違いは無く、応援に来ていた咲人と夏歩は試合後に和彦を称えた。
「やっぱ和彦はすげぇよ! プロになれるんじゃね!?」
「うんうん! 和彦ならきっと大活躍だよ!」
「気が早いって。俺はまだ小学生だぞ?」
そうは言いながらも、和彦は心の底から喜んでいた。赤子の頃から一緒に過ごして来た幼馴染。
和彦にとっては、2人が何よりも大切な存在だった。たまに喧嘩だってするけれど、それでもやっぱり一緒に居る。
何をするにしても、3人で一緒に居る時が一番楽しかった。最近では野球自体も楽しめているけれど、それでも幼馴染の方が勝つ。
2人がこうして喜んでくれるなら、もっと活躍してもっと見て貰おう。そんな気持ちが和彦の中で、より一層大きくなっていく。
だから和彦は、2人と約束をする事に決めた。幼い少年が掲げる、一つの目標を告げる。
「プロより先に、高校野球の甲子園だな。俺が咲人と夏歩を連れて行くから!」
「ああ! お前なら行ける!」
「私達、応援するから!」
野球はチームプレイの競技だから、和彦1人が仮にプロ級の実力だったとしても行けるとは限らない。
そんな当たり前の事でも、子供であるが故に考慮しない。小学生の語る将来の目標なんて、大体は叶う事が無い。
突拍子もない滅茶苦茶な内容である事も多い。ただ和彦が提示したのは、そこまで実現性が無い目標ではない。
それでも甲子園出場は、口で言う程に簡単な事ではない。沢山の高校球児が夢破れ、悔し涙を流し敗北を味わう。
行きたいと表明するだけで叶う様な願いではない。和彦と似たような約束をした野球少年は、日本全国何処にでも居るだろう。
「見てろよ! 俺はもっと練習して、もっと上手くなるから!」
「俺も和彦に負けないぐらい、陸上頑張るよ!」
「私も!」
幼い咲人達の、かつての姿。拗れて距離が出来てしまうまで、こんな光景は珍しくなかった。
毎日の様に3人で過ごし、お互いを褒め合った。そんな積み重ねがあったから、和彦は球児として伸びてる事が出来のだ。
だからこその今があり、甲子園出場という未来に繋がった。しかし夢を叶えたその先に、待っていたのは残酷な現実。
精神的な支えであった幼馴染が、自分の側にはもう居ない。自ら関係を壊してしまった事実と、野球をここまで頑張った理由の喪失。
支柱を失った和彦が、抜け殻になってしまうのも仕方がない。人が苦しむ理由は様々であり、何が引き金になるか分からない。
特に思春期は複雑で、些細なすれ違いから自殺や大事件に発展する事だってある。和彦にとってはそれが、幼馴染だったのだ。
暗い話はここまでです。




