表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/306

第149話 咲人と和彦

ここから151話まで、挫折を味わった人の話になります。

特にスポーツ関連で何らかのトラウマや苦い想い出がある方はご注意下さい。

 美佳子(みかこ)のご両親への挨拶は、俺が春休みに入ってから行く事になった。つまりその日までには、心の準備をしておかないといけない。

 だが一旦その件は後回しにして、お祝い会の翌日に和彦(かずひこ)の下へと訪れていた。アイツは駅伝大会を観てくれただろうか?

 いつもドアの前までは来ているみたいだけど、返事をしてくれた訳ではないから分からない。

 俺の話を聞いた和彦が、何を思っているのかも分からないままだ。聞いてはくれているのだから、何かは感じてくれている筈だ。

 嫌ならわざわざドアの前まで来ないだろう。煩わしいとは思われていないと思う。多分だけど。


「和彦、また来たぞ」


「…………」


「駅伝大会、観てくれたか?」


 美羽(みう)高校としては順位が上がったけど、俺の成績は芳しくない。区間3位でも十分だと考える人も居るだろうけど、俺はそこで胡坐を掻かない。

 勝負事である以上は、やっぱり1位を目指すべきだ。和彦だってそう思うだろと、問いかけてみたけど返事はない。

 分かっていた事だから、その程度の事で怒りはしない。何か理由があって塞ぎ込んだ相手に、乱暴な言葉を向けようとは思えないんだ。

 ここでいい加減にしろと、怒る人も居るだろう。でもそれは、俺達の関係性ではない。喧嘩ぐらい何度もしたんだ。

 それに簡単に切って捨てられる程、俺達が積み重ねて来た時間は軽くない。だから声を掛け続けようとした時、背にしていたドアが開いた。


「和彦?」


「……入ってくれ」


「お、おう」


 固く閉ざされていたドアを、和彦が自ら開けて俺を招き入れた。これは大きな進歩と考えて良いのか?

 両親が相手でも会話すらしない程に病んだ人間が、口を開いたのだから成果と見て構わないのだろうか?

 こうなった時の対応を、美佳子に聞いておけば良かった。何の助言も受けていないから、後は俺の話術に全てが掛かっている。…………いやそれは流石に困るぞ。

 せめて夏歩(なつほ)だけでも、この場に連れて来たい。俺1人で責任を負える程に、俺は立派な人間じゃない。そんな大層な経験も知識もないのだから。


「あ~その、久しぶり? って変な話だけどさ」


「……ごめん」


「い、いや謝る様な事じゃないって、ははは」


 和彦の顔を見たのはほぼ1年振りで、少しだけ懐かしい。和彦は高校の物と思われるジャージを着ている。

 中学の時のジャージではないし、恐らくはそうだ。中学のジャージは紺色だったけど、和彦が着ているのは明るい緑色だ。

 お互いに違う学校に在籍しているのだと、改めて思わされる。最近引き籠っていたからか、和彦は少し痩せた様に感じた。

 そしてその表情は、今までに見た事もない程に暗かった。夏歩にフラれた後でさえ、こんなに淀んだ空気を纏ってはいなかった。

 本当に何があったんだ? 和彦がこれ程落ち込んだ理由ってなんだ? こんな和彦を俺は知らないぞ。


「謝らないといけない事だ。俺が間違っていた」


「えっと、あの日の事か? それは俺にも責任があるし」


「そうじゃない! 悪いのは俺だ!」


 そうして少しずつ、和彦は話し始めた。あの日からの和彦が、何を思って生活して来たのかを。

 和彦はずっと、自分が身を引いて離れていけば良いと考えていた。そうすれば俺と夏歩が付き合うだろうと考えて。

 しかし中々そうなる素振りを見せない俺達に、苛立ちすら覚えていた事もあったらしい。


 でも自分が邪魔者である事は間違いなからと、余計な干渉はせずにそのまま中学を卒業した。

 そして高校からは野球1本に集中する事に決めた和彦は、念願の甲子園に行く事が出来た。代打としてバッターボックスに立つ事が出来た。

 しかもその打席でホームランだ。その時の和彦は最高の気分だった。ホームベースを踏んで、応援してくれている人達の方を見るまでは。


「そこで俺はやっと気が付いた。俺が甲子園を目指していた本当の理由に」


「本当の、理由? それはお前が行きたかったからじゃ……」


「覚えているか? 小学生の頃にした約束を」


 小学生の時にした約束? そんなの一杯有り過ぎて、どれの話をしているか分からない。 

 大人になっても近所に住もうとか、大人になったら3人でお酒を飲もうとか、挙げ出したらキリがない程に約束をした。

 プロ野球選手になったらボールにサインを書いてくれ、なんて約束もしたっけか。本当に今更だけど、子供が考えた実現性を一切考慮していない発想だ。


 何かのプロになるなんてのは、そんな簡単じゃない。なりたいからなれる、そんな話ではないんだ。

 それは俺のマラソン選手を目指す事だって同じで、小学生の時に掲げていたのは浅はかな夢だった。

 世界陸上に出られたら2人で応援に来てくれ、なんて言った事もあったなそう言えば。本当に懐かしい想い出ばかりで…………もしかして、約束ってのは。


「お前と夏歩を、甲子園に連れて行くって約束をしただろ?」


「…………ああ、したな。そんな約束。あれは確か、小学4年生の時だった」


「それを思い出した。俺があの場に立ちたかった、本当の理由を思い出した」


 和彦はその瞬間から、急激にモチベーションを失って行ったらしい。自身の夢の根源が、自分の手の届く範囲にない。

 目の前の現実が和彦を苛んで、嬉しい気持ちは霧散していった。どうにか甲子園の期間中は持ちこたえたけど、終わってからは早かったらしい。

 自分の核となっていた部分、己の芯が抜け落ちて目標を見失った。何をしたら良いのか分からなくなり、全てが色を失っていく。

 そうなると自分には何も残っていない様に感じて、何もしたくなくなって塞ぎ込んだ。それが今回の件の真相だった。


「今更どうしたら良いのか分からなくて、許して貰えるか分からなくて」


「そんなの、俺だって同じだよ和彦。やっぱり俺達は、3人一緒が性に合っているんだ」


咲人(さきと)……俺を、許してくれるのか?」


「当たり前だろ。俺達はちょっとだけ、喧嘩をしていただけだ。仲直りには、時間が掛かったけどさ」


 涙を流す和彦と、俺は再び手を取り合う。俺達は別に、取り返しのつかない暴言をぶつけ合ったのではない。

 ただ少しだけ、すれ違ってしまっただけだ。やり直す方法は幾らでもあったんだ。お互いそれに、気付くのが遅れただけ。

 数年ぶりに向き合い、言葉を交わし合った。それだけでこうして、また元に戻る事が出来る。それが友達って関係だと思うし、何より俺達は幼馴染で親友なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ