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第147話 寒空の下で

 全国高校駅伝の当日、俺達は再び会場の京都に来ていた。開会式も終わって俺は既に2区のスタート地点に来ている。

 高校生としては2回目の全国の舞台だ。前回とはまた違う選手が何人も居るので、区間1位を狙えるか分からない。

 火事場の馬鹿力なんて言われている現象もあるし、本番で伸びる時だってある。だけどそう簡単に都合良く起きる事じゃない。


 淡い期待に縋って、現実から目を背けてはいけない。ここに居るのは全員が全国の舞台を目指して、普段から努力をしている猛者達だ。

 甘い考えで勝てる様な容易い相手ではない。鍛え抜かれた肉体をしているのは、少し見ただけでも分かる。

 それとなくライバル達を軽く観察していると、前回同様に一哉(かずや)澤井(さわい)さんが応援に来てくれた。


「頑張ってね(あずま)君」


「ゴールで待ってるぞ咲人(さきと)


「ああ! 2人共また後で!」


 高校生になってから友人になった2人とは、これまでも結構仲良くやれている。こうして応援してくれる事が単純に嬉しく思える。

 2年生に進級したら、2人と同じクラスではなくなるかも知れない。それでも陸上部という繋がりは消えないし、クラスが違っても関係は大きく変わらないだろう。

 思えばこうして、トラブルなく友好な関係が築けるのは和彦や夏歩との一件があったからだ。

 余計な踏み込みをしてしまわない線引き。それを知る良い切っ掛けになった。そしてその関係も、少しは改善出来た。

 和彦の方はまだ出来ていないけれど。だがそれも、これからは分からない。また3人で過ごせる日が来る可能性は残されている。


「咲人」


「あ、美佳子(みかこ)。ゴールで待っていてくれて良かったんですよ?」


「そうなんだけどね。でも一応顔を見ておこうと思って」


 数日前に十分な癒しを貰ったので、今日はもうゴールで待っていてくれればい良いと伝えてあった。

 それでもこうして見に来てくれた。その気持ちは凄く嬉しいし、やっぱり励みにはなる。精神的な問題は、もうだいぶ解消は出来ている。

 不安がない訳では無いし、自信が揺らいではいる。それでもこのぐらいは当たり前の事だ。絶対に自分が一番だと思って、皆が走るのではない。

 人によって様々だし、自分の事しか考えない人だっている。何であれ最終的には自分との戦いになるのが長距離走という競技だ。

 ここから先はもう、ただそれだけでしかない。俺は俺に託された役割をこなすだけだ。


「うん、大丈夫そうだね」


「心配して見に来てくれたんですか?」


「もしまた悩んでいたらと思ってね。でも考え過ぎだったみたいだね」


 時間が経てば気が変わる事もあるし、実際俺にも何度も経験がある。こうすると決めても、ずっと意思を貫き通すのは簡単じゃない。

 強い想いを保ち続けるのはそれだけのパワーがいる。継続は力なりと言うけど、その継続がそもそも高いハードルだ。

 何より俺はまだまだ選手として未熟だ。プロと比べたら何もかもが足りていない。そんな事は百も承知している。

 だけど俺にだって、貫きたい意思がある。今もそれはだけは揺らいでいない。今回は美佳子達だけでなく、夏歩(なつほ)和彦(かずひこ)もきっと観てくれている筈だ。

 高校生になって、多少は成長した姿を見せたい。今日この場だけは、みっともない姿を晒せない。


「来てくれて嬉しかったです」


「うん。それじゃあまた後でね」


「はい!」


 時間的にはそろそろ第1走者がスタートした頃合いだろう。あとは先輩が来るのを待つだけだ。

 今回は前回とメンバーが変わっており、2年生の藍田(あいだ)先輩から襷を受け取る。身長は少し低めだけど、その実力に不安はない。

 県予選の時だって、1位で俺の所まで来てくれた。もちろん予選と全国は別物だ。また1位で来てくれるかは分からないし、俺だってどうなるかは分からない。

 それでも俺は、先輩を信じて待つだけだ。俺個人の成績がどうであれ、今回こそは優勝を目指すと皆で決めた。

 そんなのはどの高校も同じだろうけど、それでも俺達に負けるつもりはない。確かな闘志を胸に宿しつつ待っていた俺の視界に、先頭集団がその姿を現した。

 藍田先輩は、見た感じ2位か3位と言ったところか。流石は先輩、十分に高い順位で登場してくれた。


「東!!」


「はい!!」


 俺達美羽(みう)高校を繋ぐ襷を受け取り、俺はアスファルトを蹴って走り出す。2区のスタート時点で3位か。

 出来るなら1人ぐらいは抜かしておきたいが、余計な焦りは禁物だ。2区は4kmもの距離があるのだから、チャンスはまだまだ残されている。

 先ずは距離を離されない事と、自分のペースを守る事が第一優先だ。流れていく景色を視界の隅に捉えつつ、1位と2位を追い続ける。

 区間1位が厳しいタイムなのは分かっている。それでも俺は、ここで諦めるつもりはない。例え区間1位を取れなくても、個人の競技ではないのだから。


「はっ……はっ……」


 走り続ける俺に、2月の寒さが襲い掛かる。走っているから心拍数は上がっていても、晒されている環境は温かい時期とは違う。

 自分が思っているより消耗するし、ペース配分を間違えれば致命的なミスになり兼ねない。落ち着いて冷静に、そして強い意思で前を目指す。

 足の動かし方や綺麗な姿勢を意識して、自分に出来る最善を尽くす。いつもやっている事を繰り返すだけ。ただそれだけを考えろ。


 7割ぐらいまで来た所で、2位のペースが少し落ちた。配分を間違えたのか、体調に問題があったのか。

 その理由は分からないが、チャンスが来たなら逃す訳にはいかない。少しずつ距離を詰めていき、徐々に背中が近付いて来た。

 3区のスタート地点が200m程先に見えた所で、最後のスパートを掛ける。残された体力の全てを出し切り、全力で疾走する。


「先輩!」


「おう!」


 3区の走者である2年生の森川(もりかわ)先輩へと襷を渡し、俺はゴールする事が出来た。現在の美羽高校の順位は2位で、俺なりの全力を出した成果だ。

 相手に何らかのミスがあった結果のお零れでも、順位を上げた事に変わりはない。なあ和彦……1位にはなれなかったけどさ、観ていてくれたか?

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