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第145話 美佳子と母親

 篠原(しのはら)家の居間に入った美佳子(みかこ)の視界に入って来たのは、見慣れた風景と以前より少し老けた両親の姿だった。

 父親である篠原郷司(しのはらごうじ)は、見た目だけなら厳しそうな60歳の男性だ。鋭い目つきに短く切り揃えた白髪交じりの黒髪。

 若い頃は柔道のプロ選手だった事もあり、年老いてもその大柄な肉体と威厳は衰えていない。藍色の着物を着こんでいても、ぶ厚い肉体は全く隠れていない。

 居間で座布団の上に座っていても、大きな存在感を放っている。しかしそんな見た目ながら、性格は穏やかで優しいお父さんである。


 そんな父親の隣に座っているのが、美佳子の母親である篠原聖子(しのはらせいこ)だ。父親より1つ年上の61歳だが、とてもそうは見えない若々しい見た目をしている。

 50代だと言われても違和感がない程だ。綺麗に染められた真っ黒な長い髪には艶があり、肌も白く目立った皺もない。

 相当美と健康に気を遣っていたのは、その見た目だけで分かる。美佳子と同様に目鼻立ちがハッキリとした、美魔女と言う言葉がぴったりの女性だった。

 美佳子が老いればこうなるのだろうと思われる風貌ではあるが、美佳子とは違い高級そうな牡丹が描かれた濃紺の和服を着こなしている。

 自宅にいるからとラフな格好をしておらず、下着やゴミを適当に放置する様な真似をしそうには先ず見えない。どこから見ても気品溢れる大和撫子だ。


「ただいま」


「おお美佳子、待っていたぞ」


「全くこの子は、ろくに顔も見せないのですから」


 いきなりから母親のお小言が飛んで来るが、慣れているので美佳子は聞き流す。この程度は言われるだろうなと、最初から分かっていたからだ。

 良く言えば厳格で、悪く言えば前時代的な価値観を持つのが篠原聖子という女性の特徴だ。

 昭和の時代をご令嬢として生きて来た為に、その様な思想をある程度持っているのは仕方がない。

 名家の娘として厳しく教育された女性であり、美佳子とはかなり性格が違う。どうして貴女はそうなのかと、母娘で揉めた事は何度もあった。

 美佳子がこの様に育ったのは、母親への反発心が原因の1つである。元々この様な性格だという事が、一番の原因ではあるのだが。


「別に良いじゃない、私はもう32歳だよ?」


「それでもです。たまには帰って来なさい」


「これでも結構忙しいんだよ」


 顔を合わせればこの調子であり、父親の郷司も苦笑を浮かべていた。美佳子だって母親が厳しい人なのは、子供の事を思うが故なのは理解している。

 10代の少女ではないのだから、これぐらいで怒って退室なんてしない。また細かい事を言っているなぁと流せば済むだけの話だ。

 美佳子が家族である聖子の前で自分を『ボク』と言わずに、『私』にしているのも似た様な理由だ。

 女性らしくないから止めなさいと、指摘を受けない様に予め回避している。そんな風に色々と性格が合わない母と娘は、久しぶりとなる親子の会話を続けた。


「そうやっていつもカリカリしているから、ガンになんてなるんだよ」


「貴女がちゃんとしてくれれば、穏やかに過ごせますのよ?」


「絶対それは関係ないよ」


 基本的には大人な対応が出来る美佳子であるが、母親はその対象にはならない。美佳子にしては珍しく、塩対応をする唯一の身内である。

 そう言う意味では特別扱いとも表現できる。以前結婚について喧嘩して以来帰って来ていなかったが、いざ顔を合わせれば普段通りの会話にはなっている。

 お互いに良い歳をした大人であるから、当然と言えば当然か。美佳子だって親不孝な生き方をする程反抗的な訳では無い。

 聖子にしても、娘をどうしても認めたくないと言う程には思っていない。ただ単純に、性格が合わないと言うだけに過ぎない。


「そんな事より、いい加減に結婚をしたらどうです? 相手がいないならお見合いも」


「またその話ぃ? 勝手にするから放っておいてよ」


「そうは行きません。ずっと独り身では老後が大変ですよ!」


「だから大丈夫だって! 相手なら居るから! お見合いはしないよ!」


 これがかつて盛大な親子喧嘩に発展した理由だ。どうしても結婚をして欲しい聖子は、相手を決める為にお見合いをさせようとした。

 だが自由恋愛の時代を生きる美佳子にとっては、そんなのはごめんだった。自分で相手を見付けて、自分で好きになった相手を望んだ。

 ただ当時は恋愛が上手く行っておらず、より強硬な姿勢を見せた聖子に美佳子が本気で嫌がったのだ。

 母親の価値観で、勝手に相手を決められたくはない。そしてそれは今も変わらないし、ましてや咲人(さきと)が居る。

 美佳子にとって理想的な相手が居るのに、今更お見合いなんて必要ない。だからこの話題は、以前とは違う決着をみせる。


「また適当な嘘を。貴女の様なズボラな子は花嫁修業をして、お見合いでもしないと」


「嘘じゃないよ。本当に居るんだ恋人が」


「……だったら、連れて来られるのでしょうね?」


「良いけど? お母さんが認めなくても、私は絶対に彼と結婚するから」


 そろそろ不味いと判断した父親の郷司が仲裁に入る事で、お見合いと美佳子の結婚に関する話はここまでとなった。

 乳がんになったからと母親に会いに来てみれば、売り言葉に買い言葉で咲人を紹介する流れになってしまった。

 これじゃあ何をしに来たのか分からないと、冷静になった後で美佳子は頭を抱える事になった。


 まだ紹介するつもりでは無かったのに、結局は高校生と交際している事を両親に話さねばならなくなった。

 それに咲人は全国駅伝大会が間近に迫っているし、今は余計な心労や負担は掛けられない。

 しかしここで真実を教えないと、本当にお見合いを決められてしまい兼ねない。落し所としては少し期間を空けてから、咲人に詳細を伝える形になるだろう。

 自分の幸せを得る為に、美佳子は覚悟を決める事にした。もしこれで咲人を認めないと言うなら、実家との絶縁も考慮に入れる。

 それだけの強い意思を込めて、美佳子は母親との対決を決めた。

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