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第144話 篠原家の人々

 地元の駅に戻って来た美佳子(みかこ)は、懐かしい風景を目にする。山の麓に作られた田舎町の、穏やかな雰囲気が漂っている。

 中学時代にスカウトをされてモデルになった美佳子は、その頃から地元から離れる機会が多くあった。

 高校生になる頃には実家を離れて学生寮へと移り住んだので、殆ど地元からは離れてしまっていた。

 当時の県内では、学生の芸能活動を認めている高校は限られていた。モデルを続けながら高校生をするには、地元を離れる以外の選択肢が美佳子には無かったのだ。

 大学生になる頃には東京に引っ越したので、この地に居た期間は人生の半分ぐらいしかない。それでも美佳子にとっての生まれ故郷である事に違いはない。


「何か、前より寂れたかも」


 美佳子が地元を最後に訪れたのは5年半ほど前になり、駅前の光景は大きく変わっていた。

 まだ美佳子が中学生だった頃に、自分が載っている雑誌を売っていた本屋が閉店してしまっている。

 中学時代に友達から、美佳子ちゃん凄いねと称賛された想い出の店が潰れていた事に、美佳子は少し寂しさを感じた。


 だがそれも自分が帰って来なかったから、最後の時を見られなかったのだ。誰が悪いかと言えば自分であるとも言えるし、時代の流れを考えれば仕方がない。

 老夫婦が経営する個人の本屋なんて、そう長く続けるのは難しい。電子書籍の登場もあるだろうが、そもそも肉体的な限界だった可能性もある。

 そんな様々な変化を感じつつ、美佳子は実家の前まで帰って来た。『篠原(しのはら)』と書かれた木製の表札が掲げられた、立派な日本家屋がそこにはあった。


「はぁ……」


 溜息をつきつつ美佳子は所持していた合鍵で、門の横にある脇戸(わきど)を開錠して敷地内に入る。

 篠原家は地元では有名な地主の家系であり、結構な広さの土地を所持している。つまり美佳子は、地方のお嬢様だったと言う事だ。

 容姿に優れているのも、代々続く名家の娘であったからだ。ただそれが何故こうなってしまったのかは、個性としか言いようがない。


 とてもお金持ちのお嬢様には見えない生活をしていても、実際にこの家に生まれた娘である事実は変わらない。

 数少ない美佳子の立派な部分として、そんな裕福な実家に殆ど頼らない生活をして来た事だ。

 家事スキル諸々が残念ではあっても、自立するという点ではかなり早い段階から出来ていた。


「ただいま」


「お帰り美佳子」


「久しぶりだね、兄さん」


 美佳子が玄関から屋敷に入ると、タイミング良く兄である篠原龍介(しのはらりゅうすけ)が現れた。彼は美佳子の5歳年上で、37歳の元剣道家。

 今は篠原家を継いで当主をしつつ、資産家として生活している。爽やかな印象のあるガタイの良い大人の男性だが、顔の雰囲気はどことなく美佳子と似ていた。

 体格に恵まれてはいても、柔らかな言葉遣いと穏やかな雰囲気をしている。そんな美佳子の兄には結婚相手がおり、美佳子からすれば義姉に当たる。

 彼の妻である篠原真理子(しのはらまりこ)は、兄より1歳年下の女性だ。美佳子とはまた違ったタイプの美人であり、美佳子よりも遥かにお嬢様と言う呼称が似合う女性である。

 そんな兄夫婦の間には理央(りお)という12歳の娘がおり、美佳子にとっては姪になる。礼儀正しく可愛らしい女の子だ。


「義姉さんと理央ちゃんは?」


「今は買い物に行っているよ」


「そっか。お父さん達も?」


「いや、父さんと母さんは居間に居るよ」


 美佳子と母親の喧嘩を知っているだけに、兄である龍介は複雑な表情で答えた。美佳子の母である篠原聖子(しのはらせいこ)は、生粋の昭和時代のお嬢様だった。

 優れた家柄の男性と結婚し、家庭に入る事こそが幸せだと教えられて育った。だからこそ美佳子の生き方とは、正反対と言っても過言ではない。

 モデルをやる事についても、最初は結構な反対をしていた。名家に生まれた女性が庶民の見世物になるなんてと、それはもう嫌悪感を顕わにした。

 ただ時代の変化に適応していた父親が説得し、何とか了承を得るに至った。そんな風に事あるごとに美佳子は母親と揉めている。

 美佳子は今の時代を生きる女性らしく、女性がバリバリ稼いでも良いと考えている。だからこそ恋愛観や結婚観に、大きな齟齬が生まれてしまう。


「はぁ……行って来るよ」


「あんまり喧嘩するなよ?」


「……ボクは悪くないと思うけどなぁ」


 当然美佳子としては、自分に落ち度があるとは思っていない。今の世の中を思えば、女性の方が大黒柱をやったって良い。

 家計を支えるだけの収入が得られるのなら、男性の方に家庭に入って貰えば良い。実際にそんな家庭だって、今ではそう珍しくはないのだから。

 母親の聖子が昭和の価値観に拘り過ぎているだけなのは明らかで、今の20代や30代が聞けば殆どの人が美佳子の方が正しいと答えるだろう。

 しかしだからと言って、相手が納得するかはまた別の話。生き方も人生観も、大きく違っているのだから意見はすれ違う。


「最近は多少マシになったんだぞ?」


「あのお母さんがぁ? 信じられないよ」


「漸く時代の変化が分かって来たんだよ」


 女性が活躍する世界へ、なんて言われ始めてかなり経っている。テレビではそう言った趣旨の番組も多く、ドラマでは女性が仕事で活躍する話も多い。

 テレビ世代である美佳子の母親は、これだけ現実を見せられれば流石に多少は考えさせられたらしい。と言うのが兄の弁であった。

 あれほどまでに昭和の思考に染まっていた母親が、そんな簡単に変わったのかと疑問に思いながらも美佳子は両親の待つ居間へと足を向けた。

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