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第143話 美佳子の過去と選択

 咲人(さきと)夏歩(なつほ)に相談した数日後。とある平日のお昼頃、美佳子(みかこ)はいつも通り配信をしている。

 今回は雑談も兼ねて、育って来たマサツグを皆に披露している。生後約8ヶ月となったマサツグは、もう十分な程に大きくなっていた。

 マサツグを配信に映す為に、追加で買ったWEBカメラでその姿が配信画面に表示されている。

 美佳子の膝の上で甘える様に寝転がる姿を見て、リスナー達のコメントが盛り上がっているのはその勢いで分かる。

 それ程高い頻度ではないが、定期的に成長度合いを見せて来た。そのお陰でリスナー達もマサツグの成長を一緒に楽しむ事が出来ていた。


「もうそろそろ1歳だからね~~結構体重も増えたね」


「にゃ~にゃ~」


「はいはい、撫でろってね」


 犬とは違って猫は人に甘えないと思われているが、意外とそんな事はない。頻繁に顔を合わせる様な相手であれば、当たり前の様に甘える猫もいる。

 特に美佳子はマサツグからすれば飼い主であり、母親の様な存在だ。本物の親に甘える様に、マサツグは美佳子に構まう様に要求する。

 次点で懐いている咲人にも、同様に甘える事がそれなりにある。咲人を親と認識しているのかは不明ながらも、身内という認識にはなっている。

 普段から野菜をくれる相手として、特別な存在となっているのだろう。


「2月に入ったら急に寒くなったよねぇ」


「うんそうそう、皆も雪には注意してね」


「らしいねぇ~~来週大雪だもんね」


 コメントを拾いつつリスナー達との交流を続ける。寝てしまったマサツグを膝に乗せたまま、特に何かある訳でもない日常について触れる。

 あと1週間後に迫った咲人の出場する全国駅伝大会。その話題が出たので、美佳子は駅伝大会の話を始める。

 だが一般人に過ぎない自分の彼氏を、大々的に公表する訳にはいかない。あくまで1人の応援する側の人間として、駅伝大会を見る楽しさや魅力について語る。

 高校野球に負けないぐらい女性ファンが多く、この時期は特にSNSなどで話題になり易い。

 詳しいリスナーが居たのか、優勝候補や有力選手の名前が上がる。当然その中には、咲人が通っている美羽(みう)高校の名前が入っている。


「皆凄い詳しいじゃん、ビックリしたよ」


 極力意識しない様に注意しつつ、美佳子は流れるコメントに反応を返す。有力な選手の話題で咲人の名前が挙がっていた時は、少々ヒヤリとさせられる事になった。

 美佳子が思っていたよりも、咲人は注目をされている様子だ。高校野球でもそうだが、異様に選手や学校に詳しい人は居るものである。

 もしかしたらスポーツ誌の関係者でも居たのかも知れないが、生憎リスナー達は匿名なので真相は不明だ。

 どこが優勝するかの予想で盛り上がったりしつつ、しっかりと美佳子は美羽高校を推す姿勢を示しておく。

 それぐらいの事では、咲人が彼氏だとバレる事はない。個人を露骨に持ち上げたりせず、美羽高校そのものを応援していれば良いだけだ。


「ボクは美羽高校に賭けとこうかなぁ。まあ賭けるものが無いんだけど」


「賭け事って勝手にやったら犯罪だからね~~皆もやっちゃ駄目だよ」


「嫌だよ~~そんな企画やったらボクが捕まるじゃん」


 そこそこに駅伝トークで盛り上がっていたら、それなりの配信時間となっていた。マサツグを披露しつつ色々な雑談を行い、配信開始から1時間半ほど経過している。

 現在の時刻は13時半を少し過ぎた辺りで、そろそろ終わっても良い頃合いだ。美佳子は締めに入り、エンディングトークを始める。

 ちょうどそのタイミングで、美佳子のスマートフォンが着信を知らせる。配信中なのでサイレントだが、誰だろうと軽く確認をする。

 画面に表示されていたのは父親であり、配信が終わったら掛け直せば良いかと一旦スルー。

 普段通り配信を終えた美佳子は、マサツグをリビングのソファーに移動させて電話を掛け直す。


「…………もしもし、お父さん? 何だったかな?」


『……急なんだが、母さんがガンだと分かった』


「えっ? 今なんて?」


 それは母親が病を患った事を知らせる連絡だった。乳がんだと判明し、入院と手術をする必要があると父親は告げる。

 2週間後に入院をし、1週間程の入院する事が決まっていた。幸い命の危険がある程の深刻な病状ではなかったが、手術を受ける事に変わりはない。

 突然の情報の嵐に、流石の美佳子も驚かざるを得ない。母親とは以前に揉めたままだが、ガンと分かっても知らぬ存ぜぬを貫く程に嫌ってはいない。

 単純な世代差による恋愛観の相違や結婚に対する方向性、そして価値観が違ったと言うだけに過ぎない。

 美佳子は5年と数ヶ月ほど、一度も実家に帰らず父親としかやり取りをしていない。やや意地を張っていた面もあるが、流石にこうなると気持ちが揺らぐ。


『なあ美佳子、流石に顔を出してはくれないか?』


「…………分かった。今日の夕方に一回帰るよ」


『そ、そうか。じゃあ、待っているからな』


 篠原(しのはら)家は現在美佳子の住んでいる美羽市の高田(たかだ)町から、電車で凡そ1時間ほどの距離にある。

 同じ県内ではあるものの、少し山寄りで都市部よりも田舎っぽい土地である。そんな生まれ故郷に一度帰る為、美佳子は準備を進めていく。

 いつも美味しいと思える咲人の作り置きが、今だけは普段通りに感じる事が美佳子には出来なかった。

 憎いとまでは思っていないし、母親だとは思っている。だけど納得が出来ているかと言えば、まだ何とも言えない。

 そんな微妙な関係である母親と、数時間後には再会する事になる。咲人は咲人で過去と向き合う機会が訪れ、美佳子も同様に過去と向き合う時がやって来たのだった。

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