表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/306

第138話 自分との戦い

 来月に全国高校駅伝の本戦を控えた俺は、日々の鍛錬と調整に全力を出していた。しかしそれでも、和彦(かずひこ)に伝えた通り想定よりもタイムが伸びない。

 前回は区間1位を取れたけれど、今回は厳しいかも知れない。他の選手が成長しないままなんて、スポーツの世界では有り得ない。

 自分と同じか、それ以上に成長している可能性は高い。だからこその想定を立てて来たけど、超えられない壁が立ちはだかった。

 陸上はタイム等の明確な数字が出る競技だ。球技の様に何点取れるかは相手次第の競技ではない。

 試合に挑む前から、自分のタイムが凡そ分かってしまっている。当日のコンディションも当然重要だけど、結局は日々の記録がほぼ最終結果となる。


「はぁ……また駄目か」


「何だ? どうかしたのか咲人(さきと)?」


「ああいや、別に何でもないんだ」


 放課後の練習中に悩んでいると、休憩中に一哉(かずや)が近くにやって来た。伸び悩んでいる事をわざわざ今話す必要はない。

 個人の競技が多い陸上においては、自分との戦いが基本だ。皆がそれぞれ自らの課題と向き合っているんだ。

 俺だけが特別困っているのではない。それに短距離走と長距離走は共通点もあるが基本的には別物だ。

 競技性が違うのだから一哉に相談する事でもない。するならまだ同じく長距離ランナーの柴田(しばた)にする方が相談相手として正しい。

 そして柴田はチームメイトでもあり、同時にメンバー枠を競い合うライバルでもある。そうホイホイと悩みを打ち明ける気にはなれない。


「で、最近どうなんよ? お姉さんとは」


美佳子(みかこ)さんか? まあ別に普通じゃないか?」


「その普通を聞いてんじゃん」


 そうは言われてもなぁ。時折こんな風に現状を聞かれる事がある。俺と美佳子さんの日常を聞いて何が面白いのだろうか。

 恋愛相談が参考になるのは分かるけど、一哉の場合はそうではない。シンプルにどんな事をしているのかが知りたいだけなのだ。

 大人のお姉さんとの恋愛が、新鮮に思えるとは言っていたけどさ。俺以外で10歳以上離れた相手と、恋愛をしている生徒は居ないからな。

 だからこそ貴重なサンプルであるのは理解しているが。でも俺に聞いた所で、相手が特殊過ぎると思うけどな。美佳子さんみたいな人はそう居ないと思うし。


「そう言われてもなぁ。特別な事は何も……」


「甘えさせて貰ったりとか、何かあるだろ?」


「どっちかと言えば向こうが甘える側だしなぁ」


 大人の包容力を見せてくれる時もあるけど、大体は美佳子さんが甘える側である。俺が高校を卒業したら、お風呂に入れて貰うと宣言しているぐらいだ。

 基本的には俺がお世話をする側だ。その関係性に俺は満足しているし、大人の女性に頼られるのは悪い気がしない。

 先日もドライヤーをして欲しいと頼まれたので手伝った。あの時はお風呂上りの色気が大変な事になっていた。

 滅茶苦茶ドキドキさせられる羽目になったんだよな。どうしてお風呂上りの女性はあんなに良い匂いがするのか。


「お? 何かあったのか?」


「何かって言う程では……お風呂上りの魅力がエグかったなと」


「かぁーーー! 羨ましいねぇ、あんな美人の風呂上りなんて」


 でも手を出せないジレンマがあるんだぞ? これはこれで中々な苦行ではある。俺が未成年であるせいで、この先にはまだ進む事が出来ない。

 他の皆がそう言った経験をしていく中で、俺はまだまだお預けだ。覚悟の上で付き合い始めたとは言っても、それなりに辛いのは仕方がない。

 もうすぐ2年生になるから、解禁の時は着実に近づいている。だがそれでもまだ1年以上あるのだから、時の流れが疎ましく感じる。

 陸上のタイムみたいに走った分だけ時が縮めば良いのに。まあそのタイムにも今悩まされている訳だけど。


「2人も休憩? 何の話をしてたの?」


「よっ澤井(さわい)! 今は女性の風呂上り姿について熱く語り合っていた所だ」


「…………(あずま)君?」


「ち、ちがっ! 大きな誤解があると思う!」


 誤解も何もないけれど、ここは誤魔化しておきたい。澤井さんから突き刺さる冷たい視線が非常に痛い。

 俺がしていたのは恋人の風呂上りについての話であって、不特定多数の女性について話していたのではない。

 そんな下世話な想像は決してしていないし、そもそもそんな話でもない。クラスメイトの女子で妄想をしようとか、失礼な事は一切していない。

 脳内で妄想してスケベ心を燃やしていたのではないのだ。いやまあスケベ心ではあるんだけども。

 それはそれ、これはこれ。ちゃんと誠意ある下心を…………誠意ある下心ってなんだよ。


「男子ってほんとエッチだよね」


「甘く見るなよ? エロは原動力になるんだぜ」


「誇らしげに言うな、そんな事」


 分かるけどさ、その言い分も。美佳子さんとの日々を楽しむ為に、頑張ろうと言うモチベーションが湧く。

 これまでに無かった、もう一つのエンジンが心に搭載出来た様な感覚がある。意外とこれが馬鹿にならないエネルギーを生んでくれる。

 良い所を見せたらキスぐらいして貰えるかなとか、考えてしまう事だってある。それがまた異様なまでの活力になるのだから、男って単純な生き物だなと思った。

 だが今回はそれだけでは解決出来ていない。友人達といつも通りに過ごしつつも、消えない悩みが俺の胸で燻り続けていた。

 俺は和彦に、立派な姿を見せる事が出来るのだろうか? アイツの心を開かせる程、何かを伝えられるのか?

念のために補足しておきますが、陸上が球技より厳しいって話ではないです。

そもそも私は最終的にバスケ部に落ち着いた人ですので。

50m走7秒の人が本番だけ5秒になったりはしないけど、バスケなら100点取る時もあれば60点で終わる試合もあるよねって意味です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ