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第137話 再び和彦と

 美佳子(みかこ)さんに相談した翌日の夕方、俺は再び和彦(かずひこ)の家を訪れていた。ただ何を話せば良いのか、結局ハッキリとは決まらなかった。

 3年ぐらいまともに関わって来なかったのに、今更どんな話をしてやれば良いのだろうか。

 一体何が切っ掛けで和彦がこうなったのかが分からないから、どこに地雷が埋まっているかも不明だ。

 下手に踏んでしまわない様にしながら、上手く会話をする。そんな高等なテクニックが俺にあれば良いのだが、所詮はただの高校生に過ぎない。

 心理カウンセラーではないから、相手に配慮した会話は難しい。ただ美佳子さんから言われているのは、変に気を張らずに普段通りにすれば良いとの事。

 昔と変わらない俺の様子が、想い出が支えになるらしい。ただ美佳子さんに全部丸投げする気はない。ちゃんと俺の意思で和彦と話をする。


「お邪魔します」


「いらっしゃい咲人(さきと)君、ありがとうね」


「いえ、まだ結果は出せていませんから」


 母親である玲香(れいか)さんに迎え入れられ、俺は再び2階にある和彦の部屋へと向かう。かつて何度も登った階段を、高校生になってから登るのは2回目だ。

 あの頃の俺達は、もっと単純でもっと簡単に生きていた。それが小学生になり中学生になり、段々面倒な事が増えていった。

 喧嘩をしたから仲直り、そんな幼稚園児並みのシンプルな解決が出来なくなった。それは俺達だけじゃなくて、学校に居る皆がそうだ。

 SNSで陰口だとか、嫌がらせだとか色々とある。俺の周囲にはそんな陰湿な奴は居ないけど、世間全体で言えばそう珍しくない出来事だ。


「和彦、俺だ。起きてるか?」


「…………」


「……起きてたみたいだな。今日は……何を話そうかな」


 夏歩(なつほ)と和解した話は、今はあんまり良くないだろう。美佳子さんの言う様に、昔とそう変わらない今の俺の話をしよう。

 俺だって成長はしているけれど、1年ぐらいで簡単に大きく成長する事はない。中学の卒業式から数えたら、まだ丸1年は経っていない。

 10ヶ月経ったかどうかと言う期間で、俺が経験した色々な出来事。俺が和彦に何があったのか分からない様に、和彦もまた俺がどうしていたかは知らない。

 そうだな、やっぱりここは陸上部の話をしようかな。今もちゃんと続けているって、伝えておこうか。


「もうすぐ全国高校駅伝が開催されるんだけどさ、俺も出場するんだよ」


「…………」


「夏にも出場してさ、結構頑張ったんだぜ」


 和彦も体育会系だから、この手の話は興味があるだろう。俺が今も変わらず陸上バカをやっていると分かれば、懐かしさを感じてくれるだろうか。

 美佳子さんが言うには、その安心感が救いになる事があるらしい。変わってしまった環境で受けた傷は、昔からある環境が癒す場合があるとか。

 自分の帰る場所がある、変わらず受け入れてくれる人が居る。それが落ち込んでいる人にとって大きな価値があるのだそうな。

 肯定してくれる仲間が居る、それが大切なのだと言っていた。それは何となく俺にも分かる。美佳子さんはもちろん、一哉(かずや)澤井(さわい)さんの存在は確かに大きいから。


「だけどさ、最近ちょっとタイムが伸び悩んでいるんだ」


「…………」


「本気で悩んでいる事ってさ、誰かに言い難いよな」


 これはまだ美佳子さんにも明かしていない悩みだ。夏までは良い感じにタイムが伸びていた。だけど最近は少し伸びが悪い。

 停滞していると言えば良いのか、思う様なタイムが出せていない。夏から考えれば、伸びる筈だったタイムに届いていない。

 そこから来る焦燥感や、モヤモヤとした気持ち。それを誰かに打ち明けるのは抵抗感がある。

 ましてや美佳子さんに話すなんて、俺にはとても出来ない。俺が見せられる一番の活躍の場で、弱い部分を知られたくはない。

 こればかりは例え一哉が相手でも中々言い難い。自分の目標は自分でクリアするモノだと考えているのもある。


「これ、お前以外の誰にも話していないんだ」


「…………」


「何だろうな、和彦になら素直に話せたんだ」


 和彦が引き籠った理由を知るのが目的なのに、俺が自分の悩みを相談してどうするんだよ。

 頭では分かっているのに、自然と俺の口はそんな話をしている。ジム通いまでして鍛えているのに、どうも思い通りにいかない。

 普段どうしているとか、どれだけの距離を走っているとか全部を話した。俺は俺で、求めていたのかも知れない。

 小さい頃から共に過ごして来た和彦の存在を。こうしていると、何も包み隠す事なく本音が全て吐き出せる。

 これは美佳子さんや一哉達とはまた違う感覚だ。何も美佳子さん達に嘘をついている訳ではない。ただ打ち明けられるラインが、幼馴染とは微妙に違うんだ。


「とまあ、そんな感じだよ最近の俺は。ぶっちゃけ駅伝大会も不安だ」


「…………」


「けどさ、何とかやるだけやってみるよ。良かったら和彦も観てくれ」


 高校駅伝の開催日と観れる媒体を説明し、俺は和彦に別れを告げて部屋の前から離れた。

 美佳子さんが言っていた様に、何かが届いているのだろうか? 何かがあって心が折れてしまった和彦に、俺は居場所を提供出来ているのだろうか?

 まだ2度目だから成果らしい成果は出ていない。だけど追い返されてもいないから、受け入れてくれたと思って良いのか?

 もし俺の存在が役に立っているのなら、それは友人として嬉しい限りだ。和彦が再び立ち上がれる様に、出来るだけ協力を続けよう。

ここ最近の展開は、私の経験の一部を反映させて書いています。

中学時代はクッソ険悪だったバスケ部のチームメイトが、高校からは一番仲が良い奴になったというまあベタな話ですね。男の友情って複雑な様でシンプルだよねぇって言う。


不登校を扱った細かい理由とか、10万PV感謝です的な話を活動報告に書いておいたので、何を思ってこいつこんな展開にしたんや? と気になる方がもし居ればそちらをご確認ください。

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