第136話 年長者のアドバイス
和彦の現在を知った俺は、何をしてやれるか考えていた。冬休みが終わって学校が再開し、普段通りの日々を送りつつ頭の片隅で悩む。
前に何かで見たけれど、不登校の生徒は年々増加傾向にあるらしい。少子化で子供は減っているのに、不登校は増えると言う現象が起きている。
俺は楽しく学校に通えているし、友人にも恵まれた。陸上部の活動も楽しくて、自らを鍛える日々が続いても苦ではない。
何の悩みも無いとまでは言えないけれど。でもそれは和彦も同じだと勝手に思っていた。だけどそんな事は無かったんだ。
どうすれば良いのか結局答えは出ないから、思い切って美佳子さんに相談してみる事にした。
「ふぅん、咲人の幼馴染が不登校ねぇ」
「明るくてリーダーシップもある奴なんですけど、何かあったらしくて」
「何があったかは、まだ分からないんだね?」
美佳子さんは配信活動を通じて、色んな人の相談を受けている。中学生から大人まで、その相手は様々だ。
30年以上生きて来て、モデルなんて華やかな世界も経験している。そんな美佳子さんだから出来る判断や分析は、どんな質問でも鋭くて的確だ。
それでも流石に知らない事までは答えられない。和彦に何があったのかが分からない以上は、深堀して意見を言うのは難しいだろう。
園田マリアの恋愛相談でも、詳しい情報を必ず記入する様にルール付けしているぐらいだ。
今のフワッとした情報だけでは足りていない。それは分かっているけれど、少しでも良いからアドバイスが欲しい。
「そうだねぇ……これは一般論だけど、真面目な人ほど病みやすいんだ」
「それは、どうしてなんです?」
「色々と抱え込んじゃうんだよ。必要ない他人の事とかをね」
バリバリ前に出て、リーダーシップを発揮する様な人ほど重責を背負っていると言う話だった。
確かにそう言う面が和彦にはある。それこそあの日から、和彦は俺に夏歩と付き合う様に言って来たぐらいだ。
自分の方がそうなりたい筈なのに、夏歩の気持ちを優先していた。そんな男だからこそ、きっと高校生になっても同じ様に生活していただろう。
その結果が不登校だと言うのであれば、理解は出来なくても納得は出来る。余計な事を考えすぎたとか、有り得そうな話だ。
だけどそうであったとしても、引き籠るだろうか? そうなった過程には、きっとそれだけの何かがあった筈だ。
「その子に何があったのかは分からないけど、独りにはしちゃいけないよ」
「適度に距離を保つのではなく?」
「極端な踏み込みは当然NGだけど、孤独はもっと駄目。悪化するだけだよ」
そう言うものなんだ。あんまり構わずに居る方が良いのかと思ったけど、どうやらそうでは無いらしい。
孤独か……俺は幸いな事に味わった経験がない。誰とも接しない日々なんて想像も出来ないけれど、そんな人達が世の中には沢山居る。
大人であっても、うつ病になって引き籠ってしまう社会だ。学生に過ぎない俺達が耐えられなくても仕方がない。
単に俺がそうでは無かっただけで、うちの学校にも多分居るのだろう。関係ないから気にして来なかった現実が、突然俺の目の前に立ちはだかった。
「でも本当に俺で良いんでしょうか? その……喧嘩したまんまだし」
「話は聞いてくれたんでしょ? ならその子に何かは届いているんだよ」
「そう、なんですかね……」
俺に出来る限りの事をしただけだし、役に立ったのかは分からない。何とかしてやりたいけど、俺で良いのか時間が経つ程に自信が無くなる。
あの時はたまたま偶然聞いてくれただけじゃないか? そんな風に考えてしまうと、急激にモチベーションが萎む。
和彦がどう思っているのか、それは今も分からないままだ。憎んでいるかも知れないし、恨んでいるかも知れない。
そう思うと一歩踏み出すのを躊躇ってしまう。だけどこのままで終わってしまいたくはない。
もう友人関係ではないのだと、切って捨てようとは思わない。確かに拗れてしまったけど、嫌いになったのではない。
「多分その子は、居場所を見つけられていないのかも。だから必要なのは居場所だよ」
「居場所、ですか」
「親にも話さないのは、きっと負い目があるんだ。でも咲人が相手なら、負い目なんてない」
俺なら居場所を用意する事も、心置きなく話せる様にする可能性もある。それが美佳子さんからのアドバイスだった。
今から精神科医に見せたって、きっと何も話さない。それで話す様になるぐらいなら、親に事情を話している。
気兼ねなく会話を出来る相手が、今の和彦には居ない。そんな風に美佳子さんは、俺の話から分析をしてくれた。
何となくだけど、それは当たっている様に思えた。あれだけ明るかった和彦が、そうなってしまった理由は未だ不明。
だけど少しずつ、真相へ近づける様に頑張ってみよう。一度はバラバラになってしまった俺達だけど、今からだってやり直せる筈だ。
今ここで諦めない事が、何よりもの罪滅ぼしになると信じたい。俺達が積み重ねた時間は、決して無駄ではない筈だ。
「10年以上一緒に居た友達ってね、やっぱり特別なんだよ」
「美佳子さんにとっての竹原さんみたいな?」
「そうそう。結局さ、付き合いが長い程なんでも話せるものなんだよ」
俺が和彦にとっての特別な友人になれていたのか、聞いた事もないから分からない。だけど俺にとって和彦と夏歩は、やっぱり特別な存在だ。
幼馴染という他の友達にはない関係性。小さい頃から色んな経験を共にして来た。その積み重ねが、今の和彦を救う切っ掛けになると信じたい。
あの日出来なかった事を、今から再びやり直そう。今度はもう、考え無しでは動かない。ちゃんと考えて、真っ直ぐ和彦を向き合うんだ。
今の学生って大変だろうなと思いますね。
身内にも居るんですよね、不登校の女の子が。




