第135話 あの頃と変わらないもの
ガキ大将と言う言葉がお似合いだった幼馴染の和彦が、不登校になったと言う衝撃の事実。
10月に入ってから学校に行かなくなり、部屋に閉じ籠る様になったそうだ。そんな和彦の姿なんて全く想像出来ないが、他ならぬ母親の証言だ。
その事実に嘘偽りはないだろう。だがどうして? いじめ、と言う可能性は低いと思う。そんな状況になったら自分でやり返す男だ。
黙って良い様にはされないだろう。何故そうなったのか、母親である玲香さんも知らないらしい。父親の晴臣おじさんが聞いても駄目だったらしい。
「本当に、俺で良いんですか?」
「咲人君になら、何か話すかも知れないから」
「…………やれるだけ、やってみます」
ここ数年来ていなかった、和彦の家。見慣れた筈の馬場と書かれた表札が、異様に懐かしく感じてしまう。
俺達の関係が拗れてしまったのは、ほんの3年程前の話だ。正確には14歳の春にすれ違いが起きたから、まだ丸3年は経っていない。
だが3年近くに渡って、確実に距離が出来ていた。ぽっかりと空いた空白の時間が俺達にはある。
そして皮肉にもその空いた時間。最近になって、俺が当時何をしないといけなかったのかを理解した。
今更だけど、恋愛というモノが少しだけ分かった。だからこそもしまた和彦と会えたら、ちゃんと話がしたいと思っていた。
「行くか……」
だけど思い切りがつかなくて、今日まで躊躇って来た。しかしそれも今日で終わりだ、昔の俺と今の俺は違う。
多少なりとも先に進んだ俺は、話ぐらいは出来る筈だ。俺は1人で階段を上がり、2階にある和彦の部屋の前まで来た。
見慣れた扉は閉められており、和彦が出て来る気配はない。ノックをしようと上げた右手が、思う様に動いてくれない。
心の何処かで、躊躇している。そして浮かんだ、これまでの日々。脳裏に浮かんだ美佳子さんが、俺に頑張れと言った気がした。
「和彦! あ~~その、俺だ。咲人だ」
「…………」
「たまたまおばさんに会ってさ。折角だから、お前に会いに来たんだ」
和彦からの返答はない。だけど室内で、人が動く気配はしている。暫く待ってみたけれど、ドアを開けてはくれないらしい。
それも仕方がない事だ。今更になって俺が会いに来て、出て来ようとは思わないだろう。
だけどこの状況が、懐かしい記憶を蘇らせた。和彦が拗ねたり怒ったりした時、俺や夏歩がこうして呼びに来ていた。
部屋に閉じ籠って出て来ない和彦に、良く話し掛けていたっけ。今日は俺1人だけど、それでも凄く懐かしい。
小さかった頃を思い出しながら、俺はドアの前に背中を預けた。あの頃よりも体が大きくなったから、廊下が少し狭く感じる。
「なあ和彦、少し話をしないか?」
「…………」
「まあ良いや。勝手に話すぞ」
これもまたあの頃の再現だ。こうして俺や夏歩が、返事をしない和彦に語り掛けた。昔に何度もやったから、今更俺は止まらない。
それに確信があるんだ、和彦はドアの向こうで聞いていると。幼馴染という特別な関係が、ドアを隔てて和彦の存在を感じさせる。
さて何から話そうか。和彦と話さなくなってから、色んな事があった。高校に入ってから、俺の人生は大きく変わった。
そうだな、最初に報告するならこれが最も衝撃的か。先ずはインパクトのある話で興味を引こう。
相手に話を聞かせるには、掴みが非常に重要だ。これは美佳子さんに教えて貰った話術の1つ。
「なあ和彦、俺に恋人が出来たんだ。15歳も年上のな」
「…………」
「やっと分かったよ、人を好きになる気持ちが」
あの日、俺達が拗れてしまった日。俺が分かっていなかった、恋心というモノ。ああそうだ、あの頃の俺には理解出来なかった。
和彦の気持ちも、夏歩の気持ちも。恋をする感覚が分からなくて、甘い考えで首を突っ込んだ。
タイミングが悪かったと言うのもあるが、恋に疎かったのが一番大きい。取れる手段はもっと色々あった筈で、冷静さに欠けていた。
クラスの女子に協力を仰ぐとか、そんな簡単な事も思い浮かばなかった。そうすればもっと違った未来が待っていただろう。だけどそうはならなかった。
「バカだったよな、俺も和彦も。ノリと勢いで告白なんてさ。夏歩の気持ちも、全然理解してなくてさ」
「………………」
「そのまま高校生になったからさ、俺は結局またバカをやったよ」
何にも分かっていない癖に、ただ気持ちだけを信じて貰おうとした。告白をしても信じてくれなかったから、今度は指輪を買ってプロポーズだ。
婚約指輪の事を何も知らないで、ただ勢いで買ったサイズの合わない指輪。そもそもちゃんと調べてなくて、勢いで動いたから滅茶苦茶だった。
中途半端に調べて得た、中途半端な結果。どうにも格好のつかない微妙な形になってしまった。
そんな俺の失敗や、美佳子さんの滅茶苦茶具合を話して聞かせる。 ゲロから始まった関係が、こうなるなんて思いもしなかった。
自分で話していて思うけど、本当に俺は何をやっているんだろう? まあ随分と奇妙な恋愛をしているものだ。
「悪かった。恋愛ってのは、そんな簡単な話じゃ無かった」
「…………」
「今日はここまでにしておくか。今度また来るよ」
和彦は一言も発しなかったけど、最後まで聞いてくれていた。だって立ち上がろうとドアに体重を掛けたら、ドアが微動だにもしなかった。
反対側に和彦が同じ様に座っていたのだろう。そう言う所まで、あの頃と変わっていない。
今すぐに話はしてくれないだろう。だけど和彦がその気になるまで、こうして通い続けよう。だって俺達は幼馴染で、昔からの親友なのだから。
友達が不登校になってしまった主人公の視点ってあんまり無いかなと思って入れています。
それから不登校って陰キャがなるイメージがあると思いますが、体育会系でもなるよって意味も込めています。




