第130話 喫煙者の言う禁煙とは
一体これは何が起きているのか。俺は一体何を見せられているのだろうか。美佳子さんの家に来てみたら、どうにも様子がおかしい。
ウロウロと室内を行き来したり、屈伸をしたりしている。美佳子さんが何をしたいのか全く理解が出来ない。
見るからに落ち着きがなく、何かを堪える様な素振りを見せている。今までに見た事がない行動を見せており、意味が良く分からない。
もしかしてマサツグに何かあったのかと思いきや、どうもそう言う事でもないらしい。良く見てみれば、マサツグはリビングで幸せそうに眠っている。
「あの、どうしたんですか?」
「あ、ああ咲人。実はちょっと禁煙に挑戦しててさ」
「え? 珍しいですね。急に禁煙なんて」
どうやら俺が修学旅行に行っている間に、健康診断に行っていたらしい。その結果が今日の昼に到着し、それを見て午後から禁煙をしているらしい。
今は18時で、禁煙開始は15時からだそうな。今の所は3時間の禁煙に成功しているとか。
それは成功していると言って良いのだろうか? 3時間って禁煙の内に入るのだろうか?
その辺りは喫煙者じゃない俺には良く分からない。分からないけど、多分世間一般で言う禁煙とは違うと思う。
せめて1ヶ月とかは継続しないと、成功しているとは言えない気がする。それに成功と言う割には随分と辛そうだ。
「えっと、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫大丈夫! ボクは禁煙のプロだからね」
「……禁煙にプロとかあるんですか?」
「もちろんだよ! これまでに70回ぐらい成功しているからね!」
それは失敗と言うのではないだろうか。70回ぐらい失敗しているから現在も喫煙者をしているのでは?
それでプロと言うのは、理解出来ない謎のルールが過ぎる。ともかく謎の行動の理由は、吸いたい欲求を抑える為だと分かった。
動く事で気を紛らわせているという事だろう。それでどうにかなるなら、少々の奇行には目をつぶりますとも。
タバコを辞めるのは大変だと聞くけど、美佳子さんに出来るのだろうか。既に70回ぐらい失敗しているっぽいけど。
ただ頑張ると言うなら応援はする。とは言っても、何をしてあげられる訳でもないんだけどさ。
「ぬうううううう! うああああああああ!」
「あ、あの、変にストレス溜めるのも良くないんじゃ……」
「これは来てるから! この感じを乗り越えた先に禁煙があるから!」
俺の親戚には喫煙者なのに90歳まで生きた人が居るので、絶対に辞めて欲しいとは思っていない。
お酒にしても大丈夫な人は大丈夫だし、余計なストレスから別の病気を抱えるよりは良い。
飲酒喫煙が理由で死ぬ人は統計だと多いだけで、絶対に早死にするという訳では無いのだから。
食べ物のアレルギーと同じで、結局は体との相性もある。実際うちの父さんも喫煙者で酒好きだけど病気はしていない。
美佳子さん程のヘビースモーカーでも、酒豪でもないけれどさ。それもあって俺はそこまで否定的に見ていない。ただ喫煙者になろうとは思わないけど。
「そんな渋い顔するぐらいなら、吸えば良いのでは?」
「ふ、ふふふ、プロに掛かればこれぐらい平気さ」
「全然平気な人の表情じゃあないですけどね」
禁煙のプロに関する謎の拘りは何なのだろうか。そしてただ辛そうにしているだけにしか見えない。
やっぱりストレスによる悪影響の方が大きそうだけどなぁ。流石に未成年や妊婦の身で喫煙するのはどうかと思うけど、そうで無いのなら好きにすれば良いのに。
違法な薬物って訳でもないし、お金は全部美佳子さんが払っている。自分が納得しているのなら、それで良いとは思うんだけどね。
診断結果は今すぐ禁煙しろというレベルでも無かったみたいだし。ちょっとした注意程度だったのなら、今すぐ焦って禁煙する必要は無さそうに思う。
「あんまり無理はしないで下さいよ?」
「心配しないで、慣れているからさ!」
「……慣れる様な事なんです?」
それってやっぱり失敗の蓄積なのでは? と言う野暮な言葉は出さないでおく。本人が真剣なのだから、余計な事は言わない方が良いだろう。
何事もモチベーションは重要だと、俺も良く分かっている。ただただ走って何の意味があるの? なんて言われたら俺だって良い気分はしない。
こう言う時は、周りの人間の言葉が大きな影響がある。良く知らない他人だったら、アンタには関係ないで済む。
だけど友人や家族から心無い言葉を投げ掛けられるのは辛い。小学生の頃にあったんだよな、走っているだけで楽しいの? と言われた経験が。
「よし、もうすぐ禁煙3時間半だよ!」
「え、ええ。おめでとうございます?」
「行ける! 今回は行ける気がするよ!」
じゃあ買い貯めたタバコのカートンも全部捨てますか? と聞いたらそれは待って欲しいと言われた。
果たして美佳子さんの言う禁煙とは一体? 辞めてしまうなら結局捨てる事になると思うんだけど。俺がおかしいのだろうか?
イマイチ腑に落ちない感触を覚えながら、俺は美佳子さんを見守りながら本日の家事代行を終わらせた。
俺が帰るまではずっと禁煙を続けていた美佳子さんだったけど、その後のゲーム配信で結局タバコを吸っていた。
対人戦で負け続けてイラッとしたんだろうな。それにしても結局、喫煙のプロってなんだろう。
ヤニカス界では1分でも禁煙出来たら禁煙です。成功率100%の禁煙法。なお再犯率。




