第127話 果たして彼女の家はどうなっている?
修学旅行から帰って来た俺は、色々と覚悟を決めて美佳子さんの自宅へとやって来た。玄関の鍵を開ける前に、一度深呼吸をしてからドアを開ける。
目の前に広がった光景は…………思っていたよりはマシ。いや、まだ玄関だけだから油断は禁物である。
配信を確認する限り、少なくとも配信部屋はかなり散らかっている筈だ。恐る恐るリビングに入ると、案外普通の光景が飛び込んで来た。
わりと標準的な美佳子さんの家って言うか、散らかってはいるけど酷くはない。
「あ、あの、ただいま」
「お帰り咲人! 待ってたよ~~!!」
「え、ええまあ。俺も会いたかったので」
こんな言い方をするのも良くないかも知れないけれど、正直言ってあまりにも普通過ぎる。
まさか美佳子さんが掃除をする様になったのか? いやそれにしては普通に空のペットボトルが床に落ちている。
脱いだままの服は適当に放置されているし、掃除や整理整頓に目覚めたとは思えない。だけどその割にはあまりに綺麗過ぎる。
美佳子さんにしては、と言うだけで言葉にするのが難しいな。思っていたのと違う光景が広がっていて脳が混乱している。
俺が修学旅行に行っている間に、一体何が起きていたのだろうか。摩訶不思議な状況に理解が追い付かない。
「あの、どうして部屋が綺麗なんです?」
「え、だって家事代行を呼んだし」
「あ、ああ……それでこの程度なのか」
俺が働き始める前に使っていた、家事代行サービスを再び利用したらしい。そりゃそうか、別に美佳子さんはブラックリスト入りした訳では無い。
呼ぼうと思えば元々の業者も呼べるんだ。美佳子さんの生活を思えば、それで良いのは分かっている。
連絡をしても大丈夫としか返って来なかった理由はコレか。マサツグの健康も思えば、この方が正しい判断である。
ただどうしてだろうか、何となく嫌な気持ちがしてしまうのは。これは独占欲なのだろうか? 俺以外の誰かに、お世話をされて欲しくないと感じてしまう。
「とりあえずコレ、お土産です」
「ありゃ? 色々と買って来てくれたんだね」
「好きそうなお菓子があったので」
少しだけ感じた嫉妬心を誤魔化しつつ、持って来たお土産を渡す。流石にマサツグに食べさせる様な物は無かったので、美佳子さんの分だけしかないけど。
個人的な旅行に行っただけだったら、色んな店を周る事も出来たのだろう。だが今回は学校行事で長野に行っていただけだ。
子猫へのお土産が買える様な店を探す時間は無かった。与えられるとしても、おやきの皮ぐらいしかない。
ただ蕎麦粉を含んでいるから、アレルギーが出る可能性もあるのでやっぱり微妙なラインだ。
昔から存在している郷土料理らしいから、犬や猫にも与えた過去ぐらいあるとは思うけれど。
「じゃあ、先ずは掃除しますね」
「少しぐらいゆっくりしたら?」
「いえ、美佳子さんのお世話は俺の仕事なんで」
子供っぽい対抗心なのかも知れないけど、やっぱりそこは譲りたくない。俺が一番美佳子さんの事を理解している人間であり続けたい。
これから先の予定で、長期間に渡り地元から離れる用事はない。今回ほど長く会えなくなる日はもう来ない。
綺麗で魅力的だけど私生活が残念で、そんな彼女の身の回りを整えるのは俺の役目だ。
俺も慣れ切って大概おかしくなってしまったのか、それが生き甲斐の様になっているんだ。
こんな俺は傍から見たら異常なのかも知れない。でもそれで構わない、だって俺はこの生活に満足しているのだから。
「そっか。ボクも咲人にやって貰うのが一番だよ」
「はい! 頑張ります!」
「咲人のご飯が楽しみだよ」
言いたい事が伝わったのか、美佳子さんは笑顔を見せてくれた。この人の為に、色々と家事をするのが俺にとっては幸せだ。
今の世の中、恋人や夫婦の在り方なんて千差万別。こうで無ければいけないって決まりは無い。
女性が働いて、男性が家事をしたって良い。そんな時代を生きているからこそ、俺と美佳子さんは成り立っている。
俺の料理を彼女が楽しみに待っていたって良いんだ。美佳子さんの為に、俺は今日も掃除をして料理を作る。
修学旅行で雄也と河田さんを見て、色んな恋愛があると学ぶ機会を得た。王道な青春とは違うけど、これが俺達の恋愛なんだ。
「修学旅行は楽しかった?」
「はい! 色々あったけど楽しかったです」
「良いねぇ~~学生を満喫しているね」
俺達はどうやっても、同じ学生時代を歩む事が出来ない。同じ時間を過ごせないタイミングがある。
年齢差がある以上は、絶対に避けられない事実だ。俺が過去に生まれ直す事も、美佳子さんが若返る事もない。
だけど共有するのは不可能じゃない。スマートフォンに記録して来た、写真や動画を観せる事は出来るんだ。
自分で撮った映像もあれば、友人達に撮って貰った物もある。美佳子さんに観て貰う為に、沢山用意して来た。
家事が全て終了したら、俺が見て体験して来た事を話そう。その時は一緒に居られなくても、こうして想い出を共有してしまえば良い。
大人と学生の恋愛には色んな壁があるけれど、少しずつ乗り越えていけば良い。そんな風に思える様になったのは、俺なりに成長出来た結果なのだろう。
「美佳子さん……」
「うん? どうかした?」
「寝室に全部ぶち込むのは止めましょう」
せっかく良い感じで、今日が終われると思った俺が甘かった。家事代行を呼んだ上でこれなのか?
ある意味期待を裏切らないと言うか、ちゃんとオチをつけて来るというか。配信部屋とマサツグの居るリビングだけは、どうにか回避したんですね?
だからって全てを寝室にぶち込むのは整理整頓とは言いません。どうして掃除や整理が出来ない人って、一か所を犠牲にして解決するのだろうか?
俺は今からこのゴミの山を片付けないといけないのか? ははは……腕が鳴るぜ……てか、どうやって寝てたのコレ?
美佳子「リビングで寝れるからヨシ!」
咲人「ヨシじゃないが?」




