第125話 友人の恋路
最悪のタイミングで、すれ違いを起こしてしまった河田さんと雄也。走り去った2人を追い掛けた俺と澤井さんは、トイレの前で立ち尽くす雄也を見つけた。
どうやら河田さんは女子トイレに閉じこもってしまったらしい。そうなると男性である俺達にはどうしようもない。
この場は澤井さんに一旦任せて、俺達はトイレの側にあった休憩スペースに移動して待機する。
落ち込んでいる雄也に、俺は何を言えば良いのだろう。勢いでここまで来たけれど、気の利いた言葉なんて浮かばない。
「なあその、雄也って本当は……」
「…………そうだよ」
「やっぱり、そうだったんだ」
夏歩と和彦の時とは状況が違う。それは分かっているけれど、だから何だと言うのか。結局俺には何が出来る訳でも無い。
河田さんは雄也が好きで、雄也も彼女が好きだった。それが売り言葉に買い言葉で、正反対の言葉を雄也は発してしまった。
想い人本人の目の前で。きっと河田さんは傷ついただろうし、雄也もそんなつもりは無かった。
誰も得しない状況に陥ってしまっているが、ここから逆転する良い打開策が俺には浮かばない。
ちゃんと話し合えば、そんな在り来りな言葉ばかりが浮かんでは消えていく。やっぱり俺には、まだ恋愛というモノは難しい。
「泣いていたんだ、河田」
「うん」
「どうしたら良いんだろうな」
俺よりも恋愛経験のある雄也が、どうすべきか悩んでいる。好きな人の涙というのは、非常に大きな意味を持つ。
それだけは俺も良く知っているし、だからこそ俺は馬鹿なりに考えて告白をした。好きな人が悲しんでいるのは、それだけで辛い事だ。
自分に何か出来るなら、何とかしてあげたいと思う。だが今回は、悲しませたのは自分自身なのだ。
もし俺が美佳子さんを悲しませてしまったら。そんな場面を想像するだけでも陰鬱な気分になる。
友人だと思っていた夏歩に泣かれただけでも、当時はかなり辛かったのだ。それが好きな人ならば、もっと辛いに決まっている。
「俺には月並みな事しか言えないけど、ちゃんと本心を伝えるしかないんじゃないか?」
「…………ああ」
「誠意を込めて謝ったら、分かってくれるよ」
とは言えそんな保証はどこにもない。許してくれない可能性だって十分にある。ただ今の俺には、この程度の事しか言えない。
それがとても歯痒くて、自分の無力さを思い知る。美佳子さんに相応しい男になりたいと願っても、俺はまだまだ未熟者だ。
友人の恋路に役立つ力も知識も碌にない。見ない様にして来た、俺と和彦の関係性。今思えば、やり直す機会は幾らでもあった。
だと言うのに俺は、向き合う事を辞めてしまった。恋愛が理解出来なくて、意味が分からなくて。
多少なら分かる様になった今だったら、和彦の気持ちも理解出来る。こうして目の前で悩んでいる雄也の苦しみも想像が出来る。
「東君! こっち来て!」
「分かった! すまん雄也、少し待っててくれ」
「ああ……」
女子トイレから出て来た澤井さんが、俺の事を呼んでいる。どうやら河田さんと話は出来たらしく、そろそろ落ち着きそうとの事。
話合いに応じる意思もあるらしく、にべもなく拒否される事は無さそうだ。それなら今度こそちゃんと、2人が本音で向き合えば良い。
そこまで考えて、俺はやっと気付いた。俺が夏歩と和彦を相手に取るべき行動は、きっとこれだったのだ。
どちらとも向き合う事を辞めてしまったから、俺達は上手く行かなくなってしまったんだ。
今更遅いのは分かっているけど、それでも気付けただけマシか。大切な事はいつも、女性に教わってばかりだな。
「澤井さん、東君……」
「もう平気なの?」
「うん……」
「俺、雄也を呼んで来るよ」
こうして2人の話合いは始まった。俺と澤井さんは少し離れた位置から、2人を見守る事になった。
ここ最近感じていた、何となく嫌な予感。それが見事に当たってしまったけれど、何もかもが悪い方向に進んだのではない。
2人はお互いに想い合っているのだから、きっと上手く行く筈なんだ。俺と美佳子さんの様に、年齢差という壁も存在していない。
邪魔な物は何もないのだから、冷静に判断して欲しい。河田さんの事はそこまで詳しくないけれど、雄也の方は決して悪い奴じゃない。
むしろ色々と気が利く優しい男だ。河田さんに酷い扱いはしないだろう。それだけは自信を持って断言出来る。
「ねぇ、何か良い感じじゃない?」
「良かった。何とかなったか」
「でも良いよね~青春って感じで。羨ましいな」
澤井さんの様にモテる女子なら幾らでも相手が、と言いたい所だけど選ぶ権利ってものがある。
彼女はそんな、男なら誰でも良いと考える様な女性ではない。ちゃんと相手を見て決めるだろうし、容姿に釣られてやって来る男なんて嫌だろう。
モテると言うのも、考え物だなと改めて思いつつ2人の方を見る。河田さんと雄也は上手く本心を共有出来たらしく、仲睦まじげに手を繋いでいた。
確かに青春らしい、爽やかなゴールを迎えられたらしい。同い年で同じ学校の人、と言うのは俺も少し羨ましい。
どう足掻いても俺と美佳子さんは、同時期に学校に通えないのだから。こればかりは幾ら願っても叶う事はない。
「あ~あ~、東君が大人のお姉さんにコロッと行く前に捕まえとくんだったよ」
「い、いやそれは……」
「ふふ、冗談だよ」
澤井さんには暫くこのネタで弄られるのだろうか。リアクションに困るのでそろそろ勘弁して欲しい。
幸せそうな2人を見守りながら、俺はどうにも微妙な気持ちで3日目の夜を終えるのだった。




