第119話 冬と言えば鍋でしょう
期末テストも終わって、後は修学旅行が終われば冬休みに入る。もうすぐ始まる4泊5日の旅行に期待しつつ、俺は美佳子さんの部屋を訪れていた。
1週間に満たない期間に過ぎないけれど、美佳子さんに会えないのは少し寂しい。そしてその間、部屋がどうなってしまうのか不安である。
マサツグが居るのだから、無茶苦茶な事はしない……筈だ。こんなに小さくて可愛い生き物が同居しているのだから、理性ぐらいは働いてくれると思いたい。
まあその結果が、配信部屋に溜め込むと言う形だった訳だけれども。大丈夫…………かなぁ。
「いやぁ~~やっぱり寒い日は鍋だよね」
「冬って感じがしますよね」
「ま、ボクはあんまり外に出てないけどね」
お昼の間に美佳子さんから、鍋が食べたいと連絡が来たので今夜は鍋だ。ごま豆乳鍋の素と食材を買って来て、2人で鍋をつついている。
今夜は父さんの帰りが遅いから丁度良かった。作る手間も少なく温まるので、寒い時期の強い味方だ。
やる事と言ったら食材を切る程度で済む。具材は主に白菜や人参、もやしに豚肉等を投入している。
個人的には鍋に豆腐を絶対に入れる派なので、豆腐も欠かせない。ただ2人だけなので、あまり量は用意していないけれど。
材料の再投入は1回で十分だろう。美佳子さんは小食ではないけれど、そんなに沢山食べる人でもない。
「鍋で食べる白菜って、何でこんなに美味しいんだろうね?」
「確かに不思議ですよね。特別な食材でもないのに」
「冬のお楽しみだよねぇ」
白菜は高級な食材でも何でもない。ごく普通の一般的な野菜の1つだ。それがこの時期になると、やけに美味しく感じる。
それも鍋で食べる時は特に。白菜を使用した料理を幾つか作れるけれど、一番はやっぱり鍋だ。
寒い時期に温まるからなのか、鍋という調理法に何か秘密があるのか。調べた事は無いから分からないけど、白菜と言えば冬と鍋のイメージが強い。
冬しか食べない事はないけれど、一番しっくり来るのは冬だ。白菜の旬でもあるからなのか、それ以外にも理由があるのか。
一緒に煮込む食材との相性もあるのかも知れない。勝手なイメージだけど、白菜と豚肉と鍋はセットの印象がある。
「お、マサツグが起きて来ましたね」
「良い匂いがしているからねぇ」
「人参の残りを取ってきます」
鍋で煮込んだばかりの野菜では、マサツグには熱すぎる。猫だからと言うのもあるけど、流石に煮たばかりの食材は犬でも厳しい。
そもそも俺達人間でも、鍋から上げてすぐは熱い。最近は野菜も気に入ったらしいマサツグは、俺が野菜をくれる存在だと認識しているらしい。
よく台所で料理をしていると、鳴き声を上げて要求して来る。与えすぎは良くないけれど、適度に野菜を与えるのは栄養バランス的に良い。
犬や猫は基本的に肉食だけど、野菜も好んで食べる動物だ。どちらも道端に生えた草を食べて、消化機能の促進を図る事があるぐらいだ。
「む、ボクの肉はあげないよ」
「にゃー」
「ははは、食いしん坊だなマサツグは」
美佳子さんが猫を飼い始めるまで知らなかったけど、猫は匂いで美味しそうかどうかを判断するらしい。
人間よりも味覚が劣っている代わりに、嗅覚に優れていて食べ物の香りを楽しんでいるそうだ。
だからこんな風に、調理中の良い香りに反応する。特に今回はお気に入りの人参と、豚肉の匂いがマサツグを刺激したのだろう。
食べさせてやりたい所だけど、人間の食べ物を安易に与えるのは良くない。特に今回は、ごま豆乳鍋に入れてしまっている。
ただ煮ただけではないので、生の人参で我慢して貰おう。それにしても体が大きくなったからか、最近のマサツグは良く食べる。
「マサツグ、結構育ちましたよね」
「そろそろ生後6ヶ月だからねぇ」
「早いですよね、動物が育つのって」
ここに来た時は3頭身ぐらいしか無かったのに、今では大人の猫とそう変わらない見た目をしている。
精神も成長して来たのか、最近では以前にも増して色んな物に興味を示す。イタズラ心と好奇心が混ざり合った様な状態なのだろうか。
頭は良いのか駄目だと言った事はやらなくなるけど、注意されるまでは色々と触りに行く。
人参を与えたらとりあえずは納得したのか、今はスーパーで買って来たもやしの袋に猫パンチを繰り返している。
何がそんなに楽しいのか分からないけど、マサツグ的には丁度良い遊びらしい。
「人間の子供だったら、もっと大変でしょうね」
「さあ、どうだろうね? その時はパパが頑張ってね」
「え!? あ、えっと……」
俺はそんなつもりで発言したのではない。ただ人間の赤ちゃんだったらもっと大変だろうなと思っただけだ。
ただ美佳子さんが猫を飼い始めた理由を考えれば、そう言う意味も含んでいる訳で。俺達が家庭を持ったら、その疑似体験をしているのが現状だ。
だからその言い方は結構な刺激を伴っている。将来的に俺と美佳子さんの間に、子供が出来たら。
そんな未来を想像すると色々とこう、脳内に色んな物質が分泌されると言うか。恐らく今の俺は、まともな思考が出来ていない。
何を考えているのか自分でも良く分からないけど、美佳子さんにパパ呼びをされる破壊力が、非常に高い事だけは間違いのない事実だ。
鍋とか言う最高の食べ物




