表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/306

第117話 冬の地区予選突破記念

 来月に修学旅行を控えた11月中頃、年明けに待っている冬の全国高校駅伝本戦。その地区予選を俺達美羽(みう)高校陸上部は、無事に通過する事が出来た。

 3年生の先輩達が抜けた穴を、2年生の新メンバーと柴田(しばた)が見事に埋めたお陰で危なげなく終われた。

 次こそは区間1位を取ると決めていた俺は、無事に夏の雪辱を晴らし2区をトップのタイムで走り抜いた。

 今日はそのお祝いを美佳子(みかこ)さんの家で行っている。今回はマサツグも連れて応援に来てくれたので、最初から最高のパフォーマンスで走る事が出来た。


「はいと言う訳で、回ってないお寿司屋さんのお寿司でーす!」


「ま、マジで良いんですか?」


「マジよマジ~お祝いだからね!」


 高校1年生の内から、そんな贅沢をして良いのだろうか? 俺は生まれてから回転寿司等の、お手頃なお寿司しか食べた事がない。

 詳しい値段までは分からないが、明らかに高そうな入れ物に入っている。コンビニやスーパーのパック寿司とは見るからに違う。

 心なしか寿司ネタの色味も普段見る寿司とは違っている気がする。ただ何がどう違うのか俺には良く分からない。

 だって高級な寿司をこれまでに食べた経験がない。食べ慣れている人なら色艶で判断が出来るのかも知れない。

 でも生憎と俺には何かが違うとしか分からない。あとは寿司ネタが気持ち分厚くて大きい様な気もするぐらいか。


「ここのお寿司はね~とても美味しいんだよ~」


「そ、そうなんですね」


「多めに買ったから、遠慮しないで」


 そうは言われても、ちょっと緊張してしまう。マサツグを放置するのを嫌って、高級寿司屋に行かなかったのは正解だった。

 きっと緊張して何を食べたか分からなくなるに違いない。こう言う所でしっかり稼いでいる大人と、単なる高校生の差が出てしまうんだよな。

 美佳子さんは気にしていないだろうけど、俺は少し気にしてしまう。いい加減慣れないと駄目なんだけど、これが中々難しい。

 美佳子さんは大人で、俺は未成年の学生だ。違いがあって当然で、真っすぐ受け止める必要がある。少しずつ確実に、俺が大人になっていくしか道は無い。


「どうしたの咲人(さきと)? お寿司嫌いじゃ無かったよね?」


「いやその、回ってないお寿司って初めてで……」


「ボクしか見てないんだから、気にせず食べなよ」


 これもまた経験と言うか、大人になる為の第一歩とも言える。父さんが言っていたけど、大人は経験値の差が凄く出るらしい。

 人生経験の違い、磨いた価値観の違い、そして身嗜みへの意識など。それらがどれだけ年相応になれているかが重要だそうな。

 他にも良い物の味を知っているかどうかは大切だと言っていた。高級なお酒や食べ物の味を知らないと、恥をかく事もあるそうな。

 まだまだ先の話だけど、俺が20歳になったら良い酒を飲ませてくれるらしい。それはそれとして、先ずは目の前の寿司である。


「じゃ、じゃあ、頂きます」


「咲人のお祝いなんだから、沢山食べてね」


「美佳子さんも食べて下さいよ」


 普段は俺が食べる物を作る側だから、こうして見られていると少し恥ずかしい。とりあえずは無難に、王道のマグロから頂く事にする。

 多分これは中トロだと思うけど、やけに綺麗な赤色だ。高級なマグロって、こんな色をしているんだな。

 スーパーで買って来る父さんの酒のアテとは結構違う。思い切って口に運んでみると、今までに感じた事のない味がした。

 その名の通りとろける様な甘味というか、多分これこそ大人達が言う本物のマグロなんだ。

 今さっき解凍したのが丸分かりの、やや冷たい回転寿司のマグロとは全く違う。


「ありゃ? マサツグ起きたの~? これは君にはあげないよ」


「ワサビ入りはやれませんしね」


「本能なのかな~魚が気になるんだねぇ」


 マサツグに与えている総合栄養食には、マグロを含む物もある。それで匂いを覚えたのか、テーブルの上が気になるらしい。

 飛び乗らない様に美佳子さんが抱き上げたら、色々と並んでいる刺身が視界に入ったのだろう。

 興味津々に並んでいるお寿司をのぞき込もうとしている。その姿は可愛いけれど、大半のネタがワサビ入りなので食べさせる訳にはいかない。

 犬や猫に与えてはいけない食品の1つである。ただどうしても気になっているマサツグを見かねたのか、美佳子さんがマグロの端っこを千切ってマサツグに与えた。


「あはは、やっぱり気に入ったか~」


「やっぱり猫ってマグロが好きなんですね」


「絶対って事はないけど、好きな子は多いねぇ」


 美味しそうに刺身の欠片を食べるマサツグを見ながら、俺も箸を進めていく。子猫なのに贅沢な、なんて言うと俺にブーメランが突き刺さるので何も言わない。

 俺もマサツグも、美佳子さんの財力に与っているだけなのだから。それにしても、高級なお寿司ってどれも美味いな。

 鯛にサーモンに穴子にイカ、どれも100円のお寿司とは全く違う。たまに食べる1皿400円ぐらいのお寿司だって、この味には遠く及ばない。

 何がどう違うかと問われても、上手く答える事は出来ないけれど。ただ凄く美味しくて、高級な味ってヤツを体験している。

 美佳子さんと生きて行くのなら、この違いが分かる様にならないとな。俺が目指すべき大人の男は、マラソンを走るよりも随分と難しいみたいだ。

回ってるお寿司も美味しいから(庶民の感想)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ