第115話 マサツグとお風呂
いつもの様に学校に行き、部活に出て美佳子さんの家に来る。すっかり染みついた生活サイクルに従い日々を過ごしている。
色々と大変な事も合間に挟まったりするけど、それらも含めて楽しい毎日だ。友人にも恋人にも恵まれて、特に不自由のないスクールライフだと言える。
中学時代は複雑な思いをしたけれど、高校では特にトラブルはない。置かれた環境に感謝をしつつ、今日も家事代行を始めようとリビングの扉を開ける。
すると何故か、美佳子さんとマサツグが対峙していた。相変わらず突拍子もない事をやる人だなぁ。
「もう逃がさないよ~」
「にゃっ!!」
「あの、何をやっているんですか?」
リビングの隅に追いやられたマサツグと、捕まえようとしている美佳子さん。その様子に微笑ましさを感じつつも、この状況を理解しようと問いかける。
向かい合う1人と1匹は真剣そのものであり、無駄に張り詰めた空気がリビングに広がっている。
小さな体を上手く活かして逃げようとするマサツグを、美佳子さんが巧みに動いて見事確保した。
あえなく捕まったマサツグは抵抗をしているけれど、まだ1歳にもなっていない子猫の力は大した事はない。
すっぽりと腕の中に収まったマサツグを連れて、美佳子さんがこちらにやって来た。
「お帰り咲人。ちょっとマサツグを洗おうと思ってさ~」
「あ、なるほど。確かにそろそろ良い時期ですね」
生後5ヶ月を過ぎており、ワクチンの接種も済んでいるのでお風呂デビューをしても良い頃だろう。
室内で飼っている猫は外出をさせないので、飼い犬と違い頻繁に洗ってやる必要性はない。
そもそも毛づくろいをする習性が猫にはあるので、そこが犬とは大きく違っているポイントだ。
ただ一切洗う必要がない訳ではなく、たまには綺麗に洗う事で皮膚病等を防ぐ事にも繋がる。
調べた限りでは半年に1回か2回程度で良いらしい。頻繁に洗うと余計なストレスになる場合もあると言う。
犬と猫は人間の相棒として長い歴史を持つけど、それぞれの飼い方には結構な違いがあるみたいだ。
「逃げない様に手伝って貰っても良いかな?」
「構わないですよ。犬なら洗った事もありますし」
「じゃあ行くよマサツグ~」
2人と1匹で美佳子さんの家のお風呂場に行く。高級マンションだけあって、浴室もかなりの綺麗さを誇っている。
清潔を保つ為に掃除をしているのは俺なんだけどね。それにしても、最初の頃は美女が利用する浴室へ入る事にドキドキしたものだ。
今でも思う所が無いとは言わないが、以前ほどの罪悪感はない。それに今回はマサツグを洗うだけであり、美佳子さんと2人きりで入浴するのではない。
美人な大人の女性とお風呂場に、というシチュエーションだけで見れば美味しいけどさ。まあそんな雰囲気なんて当然ながら皆無である。
「咲人、マサツグを持っててくれる?」
「良いですよ」
「温度調節しないとね~」
犬や猫に人間用の水温では熱すぎる。大体は35度から37度辺りで十分だと言われている。
そこは犬も猫も大きな違いはなく、似た様な感覚で良いらしい。むしろ体温よりも高い湯に浸かりたがる人間の方が変わっているのかも知れない。
温泉に喜んで入る哺乳類なんて、猿や人間ぐらいだろう。特に犬や猫は水自体を嫌がる場合も多く、そこから既に違っている。
マサツグは水を怖がる様子が今の所は見られないので、多分大丈夫だろうけどどうなる事やら。
子猫用のシャンプーとシャワーを手にした美佳子さんが近付いて来る。その姿を見ているマサツグは、一体何を思っているのだろう。
「少しずつ慣らさないとね~怖くないよ~」
「にゃ?」
「抑えておきますね」
初めてのシャワーに驚いて逃げ出さない様に、軽くマサツグを掴みながら浴室の床に下す。
いきなり頭から水をかけると恐怖心を与える可能性があるので、美佳子さんは先ず足先やお尻から濡らしていく。
初めて洗われているマサツグは、不思議そうな顔をして泣き声を上げている。掴みは上々と言っても良いのではないだろうか。
これと言って特に余計なストレスを与えている様には見えない。水流を弱くしたシャワーで全身を流されても、気にした様子はない。
これはお風呂が平気なタイプと思っても良いのか? まだシャンプーまでしていないから断言は出来ないけど。
「よーし、じゃあシャンプーもするよ」
「にゃーーー」
「おいおい、食べ物じゃないぞ」
目や口に入っても問題のない子猫用の物とは言え、シャンプーである事に変わりはない。
猫用のおやつか何かと勘違いしたのか、マサツグは美佳子さんが泡立てたシャンプーの匂いを嗅いでいる。
見た目だけならクリームみたいだけど食べ物ではない。興味を示しているぐらいだから、お風呂が平気なタイプと判断して大丈夫そうだ。
どちらかと言えば、遊んで貰っている感覚に近いのかも知れない。怖がる素振りは無くテンションも高めだ。
マサツグはむしろ、遊び感覚でお風呂に突撃しない様に気をつけた方が良い猫かも知れないな。
「ゴメン咲人、シャワー取ってくれる?」
「分かりました」
「にゃっ!」
「わっ!? こらマサツグ~~ボクまで濡れちゃったじゃん」
シャワーを取る為にマサツグから手を離したら、マサツグが美佳子さんの胸元にダイブしていた。
美佳子さんが着ている真っ白なシャツは、お湯とシャンプーでしっとりと濡れてしまっている。
飛びついたマサツグは楽しそうにしているけれど、美佳子さんは困った表情でマサツグを引き剥がした。
その結果真っ白なシャツが透けて、赤色の下着が薄っすらと見えていた。下着なんてたかが布、それは俺だって分かっている。
でもどうしてこうも、男心を刺激するんだろうな? 逃れられない吸引力に、俺の視線は吸い込まれていた。




