第112話 学校のマラソン大会
クラスメイトの河田さんが、友人の雄也に恋をしている件については一旦保留。本日は美羽高校の名物らしいマラソン大会の日だ。
学校から少し離れた位置にある、それなりの標高がある美崎山と名付けられた山に来ている。
美羽高校で行われるマラソン大会の別名は、美崎登山競争。普通のマラソン大会とは結構条件が違う。
でもそれは仕方がない。何故ならたった1校でマラソン大会を街中で開催するのは難しいからだ。
そこで選ばれたのがこのそれ程観光客が多くない山の山道を駆け上がると言う方法だ。ただ全校生徒が一斉に出走するのも登山客に迷惑が掛かる。
その為、学年と性別に分けて少しずつスタート時間がずらされている。午前最初のスタートは1年生の女子からだ。
「じゃあ私達は行って来るから」
「おう、行って来い澤井!」
「頑張れ澤井さん!」
クラス毎で男女別に整列させられた俺と一哉は、スタート位置に向かう澤井さん達クラスの女子を見送る。
陸上部の先輩達からは、このマラソンは結構ハードだと聞いている。普通の長距離走とは勝手が違うとは言え、やるからには1位を目指す。
これは純粋な体力勝負なので、ライバルになる生徒は結構多い。ただ平坦な公道を走るだけなら負ける気はしないが、実質登山なのでどうなるかは分からない。
足腰の強さも大きく影響するだろうから、普段からハードなトレーニングをしている野球部辺りは強敵だろう。
言ってしまえば体育会系の体力自慢達による、学年1位を決める戦いだ。駅伝大会にも選ばれている身としては負けられない。
「おーおーやる気だねぇ咲人」
「そりゃそうだろ。こんな勝負は中々出来ない」
「お前の得意分野だもんな。俺は気楽に50位以内でも目指すよ」
俺達1年生は1クラス40人で全6クラス。つまり1学年で240人居る。男女別に分かれているので、男子は120人おり50位となると半数よりやや上となる。
短距離ランナーの一哉では、上位を目指すのが厳しい環境と条件なのだから仕方ないだろう。
それでも十分高い順位ではあるので、最初から諦める気はないらしい。陸上部に所属している以上は、走る競技で結果を出せないのは嫌だよな。
2人で会話をしている間に、男子のスタート時間が迫って来た。俺達はスタート位置である山道の入り口近くに移動する。
最前列にはやる気に満ちた体育会系達が集まっている。当然1位を目指す俺も最前列に立つ。
そこにはクラスメイトで野球部の川上陽介も居る。丸刈りにやや厳つい顔立ちは相変わらず迫力がある。まあ中身は気さくでちょっとスケベな男なのだが。
「よう咲人、悪いが1位は俺が貰うぜ」
「そうは行くか。俺が勝つ」
「じゃあ負けた方が昼休みにジュースな!」
あまり褒められた行為ではないかも知れないが、俺は陽介との賭けに乗る。友人達とは割と良くやる遊びだ。
何らかの勝負で負けた方が校内にある購買部でジュースを奢る。これまでにも何度かこうやって勝負をしている。
たまにジャンケンだけで決める時だってある。そんな俺達の間ではポピュラーな取り決めをして、スタートの合図を待つ。
ふと視線を周囲に向けると、同じ陸上部の柴田聡と目が合った。冬の駅伝大会ではチームメイトだが、今この瞬間はただのライバルである。
お互い考えてい事は同じだったのか、俺達は笑い合った。最大のライバルが誰か、俺達は理解し合っている。
「スタート!」
学年主任をやっている強面の体育教師の合図で、俺達1年生男子のマラソン大会と言う名の登山競争が始まった。
山道へ1番に駆け込んだのは俺と柴田、そして陽介を始めとした野球部の体力自慢達だ。
普通の駅伝大会と違って、山道はずっと一定の広さをしていない。道幅が狭くなる場所もあり、抜かれない様に走るのが中々に難しい。
それに傾斜の角度もバラバラになっている。これは中々に骨が折れる競争だな。足下がデコボコしているから、普通に走るのとはかなり違う。
下手に全力疾走をしたら足首を痛めそうだ。トップグループに居る全員がそれを理解しているからか、それなりの速度では走っているが加減もしている。
何よりこの先がどうなっているか分からない。体力の配分にも気を付けないといけない。
「これは、キッツいな柴田」
「そうだな……」
「先輩達に聞いていた通りだ」
先ずは最初の500メートルぐらいが序盤の難関だと聞いていた。そこを超えると少し楽になると聞いていたけど、今ちょうど傾斜が緩やかになった。
それはつまり最初の500メートルが終わった事を意味する。登山という特殊な条件である為、どれぐらいの距離を走ったのか体感では測れない。
体力の消耗が通常とは違う為、感覚頼りで走るのは危険と判断した。俺と柴田は今、4位と5位に着けていた。
今は先を敢えて陽介達に譲って様子見をしている。最初から先行するよりも、この位置から後追いをする方が有利と判断した。
山道がどうなっているか分からないのと、追われるプレッシャーを減らす為だ。
「1位を狙うならこうするよな」
「無難な選択」
体力の温存をしつつ、的確に1位から3位までの生徒を追い続ける。たまに3位に浮上したりもしながら、登って行く。
途中で上位に入賞したらしい、澤井さんや陸上部の女子達が下山して来た。あとどれぐらいか確認した後、俺と柴田はペースを上げる。
残り3割ぐらいだそうで、そろそろ勝負に出る事にした。1位を行く陽介に追い着いた俺と柴田は、3人で1位を争い順位がコロコロと入れ替わる。
大体100メートルぐらい先に、ゴールテープを持った先生が立っているのが見えた。そこから始まる最後の勝負。
俺達は山道を駆け上がり、ゴールテープを切った。僅差で柴田が1位となり、俺が2位で陽介が3位で決着となった。
「ああ!! くっそー! やるな柴田」
「ギリギリだったよ」
「まあでも、これで奢りは陽介だな」
1位争いをした俺達は、ある程度息を整えてから下山して行く。途中で一哉達体育会系の友人知人と一言二言交わしつつ、3人でのんびりと山中の風景を楽しんだ。
2位になりはしたけど、満足出来る結果だった。恋愛だなんだと難しい事から離れて、思い切り勝負を楽しむ事が出来た。
来年こそは1位を取ると心に決めて、俺達は美崎山の入り口へと向かって行った。
このマラソン大会は母校でやっていた実在の大会を参考にしています。




