第106話 1年目の冬
3章開始です
無事に文化祭も終了して普段の生活に戻った俺達は、楽しかった時間の名残を感じつつ過ごしていた。
美佳子さんもかなり喜んでくれたし、随分と文化祭を楽しめたみたいだ。うん、楽しかったみたいなんだ。
それはもう喜びのあまり、飲酒配信を連日行う程に。文化祭を満喫してくれたのは俺も嬉しい。
滅多に出来ない学校での美佳子さんとの時間を作れた事も大きい。ただそれにしたって、オチがこれでは台無しである。
「ゔっ……ちょっとトイレ」
「しじみの味噌汁、作っておきますから」
美佳子さんが相変わらずなのは喜ぶべきか、学ばないと嘆くべきか悩ましい。それだけ嬉しかったってのは分かるんだけど。
困った人だなぁとマサツグを撫でながら、日曜日の朝からトイレに駆け込む美佳子さんを見送る。
さあ宣言通りに味噌汁を作りましょうかね。父さんのお陰で二日酔いのケアは熟知している。
味噌汁、特にしじみ入りの場合は肝臓の動きを向上させる。お酒の飲む人の強い味方である。
ここまで沢山のアルコールを飲む人に、果たしてどれぐらい効果があるのかは分からないけど。
何事にも限度ってものがある。どれだけ楽になるかは分からないけど、まあ無いよりはマシなんじゃないかな。
「あ、マサツグは大人しくしていろよ」
「にゃっ!」
「分かってんだかなぁ?」
まだ1歳にもなっていない、幼い子猫の知能は如何程か。まだまだ放置は出来ない危うさはあるけど、基本的には寝ている方が多いので助かってはいる。
今日もさっきまで寝ていたからか、今は元気におもちゃで遊んでいる。既に掃除は済ませてあるので、危険な物は特にないけどイタズラには注意だ。
キッチンで野菜を切りつつ、家から持って来たしじみを水につけておく。美佳子さんの配信を観ていたので、絶対にこうなると分かっていた。
だから昨日の内に自宅で、しじみの砂抜きは既に済ませておいた。今となっては美佳子さんの配信を観れば、次の日どうなっているか殆ど把握出来る。
「ま、こんなもんかな。ご飯は、食べられるのかなぁ?」
「にゃー! にゃー!」
「ん? ああ、お腹が空いたのか?」
遊んでいた筈のマサツグが、足下まで来て何かを訴えている。起きたばかりだったから、まだ朝ごはんを食べていないのか。
美佳子さんもあの調子だから、用意する余裕が無かったのだろう。味噌汁の具を煮ている間に、マサツグの朝ごはんを用意する。
キッチンのすぐ側に置かれているマサツグのドライフードを皿に入れる。早く食べたいのか、マサツグが俺の足を叩いて自己主張している。
それはそれで可愛らしいけど、お預けは可哀想なのですぐに渡してやる。子犬だったら躾も兼ねてお手とか覚えさせるけど、マサツグは猫だしな。
覚えさせたら猫でもやるらしいけど、敢えて教える必要性を特に感じない。出来たら可愛いとは思うけどね。
「さて、後は美佳子さんの……あ! 美佳子さん、朝ごはん食べられます?」
「…………ゔん、食べる。量は少な目で」
「分かりました」
多少お腹は空いているらしいし、胃に優しいメニューにしようか。あ、そうだ冷奴でも用意しようかな。
あれも二日酔いに効くメニューの1つである。カレーやラーメンも良いと聞くけど、今の様子だと少し厳しいだろうな。
今は少量のおかゆにでもしておこう。カレーはお昼に作る事にしょうかな。その頃にはだいぶ楽になっているだろうし。
今日は部活も休みで一日中一緒に居られるんだ、朝の内に全部を終わらせる必要はない。
味噌汁に入れる為に出した豆腐で、冷奴も作ってしまう。豆腐の上に乗せる生姜を手に取っていると、食べ終わったマサツグがこちらを見ている。
「お前には食べられないよ」
「にゃー」
「匂いを嗅いでみたいのか?」
「みゃっ!?」
好きな匂いでは無かったらしく、マサツグはリビングへと逃げて行った。生姜の匂いなんて、猫は良い匂いと感じないだろう。人間でも苦手な人がいるぐらいだしな。
最近のマサツグは今みたいに、キッチンに食べ物がある事だけは理解し始めているらしい。
俺が料理をしていると、たまにこうやって興味を示してやって来る。人間の食べる物が置かれている、その程度の認識だとは思うが実際どうなんだろう。
昔飼っていた子犬達の場合は、良く切っている人参を欲しがったものだ。キャベツなんかも好きだったな。
マサツグもいずれそうなるのだろうか? 与えても良い野菜をそろそろ調べておくべきか。生野菜なら与えてもそう大きな問題はない筈だし。
「うっし、出来た。美佳子さーん? とりあえず味噌汁だけでも食べますか?」
「……うん」
「だいぶ参っている様で」
いつもの元気はどこにも無く、ただひたすらにグロッキーな状態だ。そりゃあ昨夜にあれだけバカスカ缶ビールを空けていたらなぁ。
楽しくなると飲んじゃう癖は矯正した方が良いかも知れない。流石にあれ以来、美佳子さんが路上で倒れていた事はないけれど。
でもそろそろ11月に入るし、今度は凍死の危険がある季節に差し掛かる。万が一の事もあるから、多少は釘を刺しておく方が良いだろう。
季節は移り変わって行くけれど、俺達の日々はそれほど大きく変わっていなかった。でもこれから確実に変わる部分もある。
だって冬にはクリスマスに年末年始と、様々なイベントがある。どんな日々が待っているのか、今から結構楽しみなんだ。




