第105話 with love
文化祭最終日、3日目の午後は美佳子さんと過ごす時間だ。この文化祭で十分なほどに働いた俺の自由時間。
通常の休憩とは違い、今日はもう自分のクラスに戻る必要はない。初日と2日目にも多少は2人で過ごす時間もあった。
だけどそれも今日ほどのゆっくりとした時間ではない。美佳子さんにも仕事としての目的があったし、友人でもある竹原さんと何か用事もあったらしい。
そんな理由もあって、ちゃんとした2人の時間は結局3日目まで取れなかった。
「いや~山崎さん滅茶苦茶笑ってたね」
「……あんなに笑わなくても」
「だって咲人、メイド服似合い過ぎだし」
いつもお世話になっているシルバージムの山崎さんが午前中に遊びに来てくれた。そしてかなり長い時間笑われた。
普段と違い過ぎて面白かったらしい。似合わなさ過ぎて、だったらまだ良い。ネタとして笑いを取れたのだから。
だけどそうじゃなくて、似合い過ぎて面白かったらしい。その場合はちょっと複雑な気分だ。確かに俺はどちらかと言えば母親似だ。
だけどそこまで女性寄りの顔立ちではない筈だ。男だけど女装とメイド服が似合うのは、素直に喜ぶ事が出来ない。褒めてくれているのは分かるけどさ。
「男なのに可愛いは複雑です」
「あはは! まあそうだよね。でも悪い事じゃないよ?」
「そりゃそうですけど」
今の時代に男らしいとか、女らしいとか考えるのは良くない。それはそうなんだけど、でもやっぱり気にはなる。
どうせなら男として、カッコイイと思われたいのが本音である。でも美佳子さんから見て好感触なら、結局それが一番大切でもある訳で。
その辺りが非常に複雑な問題だ。気にし過ぎない様に注意もしているけど、そんな簡単には変われないよ。
変に背伸びをするのは止めたけど、見栄が無くなったのではない。一応俺なりのプライドだってあるんだよ。
出来ればやっぱり、美佳子さんにとって世界で一番カッコイイ男でありたい。どうしてもそこは諦められない。
「ああそっか。咲人って、ビジュアル系とか知らないもんね」
「ビジュアル系? 何ですそれ?」
「ちょっと待ってね…………こう言う人達だよ」
美佳子さんが見せてくれたスマートフォンの画面には、女性みたいな派手なメイクをした男性達が写っていた。
いや、これ男性? 男性…………か。喉仏は出ているし、男性のバンドって書いてあるし。
これはこれでカッコイイ様に思う。そう言えばうちのクラスに居る山本さんが好きなのも、こんな感じのバンドだった様な気がする。
ビジュアル系なんてジャンルがあったんだ。全然知らなかったよ。で、それは分かったけど一体さっきまでの話と何の関係が?
繋がりが良く分からないと言うか、何が言いたいのだろうか。女性みたいに見えるのもメリットって事?
「咲人はこの手の化粧映えするタイプの男性って事だよ」
「えっと……俺も、こうなれと?」
「あくまで例の1つってだけだよ。化粧が似合う男性は、もう珍しい存在じゃないんだ」
なるほど言いたい事は何となく分かった。女々しいとはまた違って、こんな方向性の良さもあるって意味だろう。
俺が知らなかっただけで、女の子みたいに見える男性でも、カッコ良く見える世界があるんだな。
ちょっと不思議な感じもするけど、歴史は結構長いらしい。俺が生まれるもっと前から存在していた音楽のジャンルみたいだ。
世界は広いって言うか、俺の世界が狭かったと言うか。視野の狭い価値観では、見えない部分が多すぎるんだ。
こう言う生き方をしても良いんだと、知っているのと知らないのでは差が大きい。女装が似合うって事は、必ずしも悲観する事ではないってわけだ。
「ボクは結構好きだよ、可愛い咲人も」
「……そう言われると、悪い気はしません」
「素直でよろしい!」
周囲に聞こえない様に耳元で囁かれた言葉は、十分な破壊力があった。何かもう、細かい事は考えなくても良いか。
美佳子さんが良いというなら何でも良いや。世間一般ではどうとか、俺にはそもそも関係ない。
この人にとってどうなのか、それだけが重要な事なのだから。美佳子さんが喜ぶのなら何でもやれば良い。
そう思うと可愛いとかカッコイイとか、どっちでも良いか。普通の恋人とは違うのかも知れない。俺達だけの関係性かも知れない。
何でも良いじゃないか、俺達がそれで幸せなら。もう悩むのを辞めた俺は、美佳子さんとの時間を満喫していた。
楽しい時間はすぐに過ぎて行くものだ。気が付けば日が落ちて後夜祭に移っていた。
「あ! そうだ。もしかしたら」
「うん? どうかしたのかな?」
「こっちです!」
沢山の生徒や参加者達が集まっているグラウンドから離れ、俺は美佳子さんの手を引いてとある場所を目指す。
もしかしたら2人きりになれるかも知れない場所へ。校舎の階段を昇って、一番上の階を目指す。
もしかしたらあの人のお陰で、まだ鍵が開いているかも知れない屋上へと足を向けてみる。
行ってみればやっぱり鍵は開いていたけど、残念ながら先客がいた。養護教諭の阿坂先生が、屋上でまたタバコを吸っていたらしい。
今頃先生は忙しいかと思ったけど、そんな事は無かったらしい。読み違えた俺と目が合うと、ため息を吐きながら先生はタバコの火を消した。
「悪い事を考える生徒が居たもんだなぁ東」
「あ~その、これは……」
「はぁ。10分だけだぞ」
意外にも阿坂先生は気を遣ってくれたらしい。白衣を翻して屋上を颯爽と出て行ってしまった。
2人きりになった俺と美佳子さんは、キャンプファイヤーの火で照らされた屋上で後夜祭の空気を味わった。
せっかく美佳子さんが学校に居て、2人きりで居るんだ。想い出として、特別な時間を過ごしても良いだろう。
意図を汲み取ってくれた美佳子さんと俺は静かに向き合う。心地よい秋の星空の下で、俺達は久し振りに唇を重ねた。
これにて2章は終了です。次回から3章へと入ります。
2章は恋人になった2人の関係性がメインテーマで、3章は過去と向き合う事がテーマになります。
それと各章の最終話はタイトルを英語にしようと決めました。特に理由はなく気分です。
1章のDearestは『最愛の』という意味で、今回のwith liveは『愛をこめて』という意味です。




