第104話 男装の麗人
文化祭初日に話題性から結構な人気を集めたウチのクラスは、2日目も無事に迎えられるかと思われていた。
しかし世の中そう上手く行かないもので、トラブルに見舞われる事だってある。40人も生徒が居れば、1人ぐらいは体調を崩してしまう人が出る事だってある。
あるのだが、問題なのはそれが主力メンバーの1人であったという点だ。女子としては長身であり、元々美人だから男装も映えていた霜月さんがダウンした。
まさかの事態に文化祭実行委員の一哉と斎藤さんが頭を抱えている。早くも2日目にして主力が1人減ってしまった。
「風邪って、マジかよ霜月~」
「美咲を目当てに来てた子が多かったのに」
「結局どうするんだよ一哉?」
ウチの男装執事として看板と化していた霜月さんの脱落は痛い。普段から頼れる姉貴分として、女子からの人気が高かった女子だ。
その彼女が男装をするというのだから、霜月さんを目当てに来ていた女子生徒が大勢居た。
何なら上級生にも人気が出たみたいで、2日目は更に客を集められる予定だった。しかし今となっては絵に描いた餅、覆水盆に返らず。
どうにか対策を練らねばならないが、男装の長身女子枠は他に変わりを務められる女子がいない。
かと言って男子がその枠をやってしまうと、ウチのコンセプトが崩壊する。大体霜月さん目当ての客はカッコイイ男装の女性を求めて来るのだ。
男子が代役をしたら冷めて帰ってしまうかも知れない。そんな時に、竹原さんが声を掛けて来た。
「美佳子にやらせたら?」
「え、ボク生徒じゃないんだけど」
「別に1日ぐらい構わないでしょ」
確かに身長的に美佳子さんと霜月さんは近しい。彼女用の衣装であっても美佳子さんなら問題ない筈だ。
どうせ男装するからサラシで胸は潰すので、胸囲の差も大きな問題にはならない。そして何より、他の女子達が大賛成した事により美佳子さんの参加が決定した。
大丈夫かなぁ……着替える前から似合うのが分かっている人だぞ。これはちょっと反則臭いというか、あまりにもガチ過ぎるクオリティになってしまう。
どう考えても高校の文化祭で出して良い仕上がりになりそうに思えない。大きく逸脱してしまいそうだけどな。
そして俺の懸念は的中し、とんでもないイケメン執事が出来上がった。もうこれ東京でも覇権を取れるレベルでしょ。東京の執事喫茶に行った事はないけど。
「お姉様……」
「え、やば……」
「私、今日は客に回っていい?」
ええはい、まあこうなるよねって。10代の男装では出せない大人の色気まであるせいで、女子達から滅茶苦茶人気が出ました。
あの……その人は俺の……恋人なんですけどね……なんて言う呟きは黄色い歓声に掻き消された。
髪を後ろで軽く束ねて、男性っぽいメイクに変えて来た美佳子さんは異様に男装が似合っている。
これはもう霜月さんの代役なんて領域を超えてしまっている。抜けた穴の埋め合わせにはなったけど、1人だけミュージカルの男役になってしまった。
客入りに多大な影響を与えそうな気がするけど、女子達が盛り上がっているので俺から言える事はもう何もない。
「どうかな咲人?」
「似合い過ぎですよ美佳子さん」
「いやー女子高生にモテモテで楽しいなぁ」
余計なスイッチが入ってしまったらしい。可愛い女の子に構われたいとか、前にも言っていたしな。
美佳子さんが楽しんでくれているみたいで何よりですよ。想定していた楽しみ方とはだいぶ違うけど。
ともあれこれで問題は解決……いや別の問題が発生した気もするけど、2日目がこれでスタート出来る。
今日は俺も最初から喫茶側なので、隣の教室に行く必要はない。美佳子さんの参戦が2日目で良かったよ。
調子に乗ってやり過ぎない様に見ておかないと。本気で女子生徒を惚れさせたりしたら厄介な問題になってしまう。
この人ならそれが出来てしまうだろうから困る。間違いなく波乱の1日になるのは分かっていても、最早俺にどうする事も出来ない。そして開幕する文化祭2日目。
「やり過ぎないで下さいよ」
「大丈夫だって~健全な対応を心掛けるから」
「……本当に頼みますよ?」
霜月さんの男装姿でも結構な人気を博したのに、噂を聞いてやって来た生徒達が美佳子さんを見て驚いている。
そりゃそうだろう1人だけミュージカル俳優みたいな執事が居るんだから。背丈も外見も完璧で、フレンドリーな大人の女性が男装しているのだ。
あっという間に美佳子さんの情報が学園内で話題になった。きっと誰かがSNSで共有でもしたのだろう、客入りがお昼前からとんでもない事になってしまった。
クラスの女子達も中々の完成度なので、外部から来たお客さんも含めてどんどんやって来る。
澤井さんや斎藤さんも結構人気があるみたいだ。盛況なのは良い事だけど、これはもうほぼ執事喫茶だろ。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
「やば!? マジじゃん!?」
「え、芸能人?」
この日はほぼ美佳子さんの無双状態であった。そして午後からやり過ぎだと学校側からお叱りも入った。
そりゃそうだよな、こんなのもう殆どホストクラブだ。流石に見兼ねた俺と竹原さんも美佳子さんを注意した。
楽しくなったのは分かるけど、何事も限度と言うものがある。調子に乗って手の甲にキスをするのはやり過ぎだろう。
被害に遭った女子生徒が、変な性癖に目覚めない事を祈るばかりだ。




