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紅の魔術師の執着

「っ……、あの男。権力に物を言わせやがって」



 サンチェスター公爵家の実験室でクリムゾンが毒づく様に、契約精霊であるアビスが一言物申した。


『我が主。口調が乱れておりますよ。何があろうとも平静を装い、紳士的且つ優雅でスマートな男を演出しなさい。感情に乱されて振る舞いすら乱すのは得策ではありません』

「……、コホン。…………はぁ。………………申し訳ございません。取り乱しました」

 アビスの尻尾がゆうらりと揺れる様を眺めつつ、クリムゾンは調査報告書の束を机の上に乱雑に投げ捨てた。


「まさかあの男が、こんな強硬手段を取ってくるとは。権力で囲い込むなど、余裕のなさだけは伺えますね? 必死すぎていっそ哀れですよ」


 あの男。この国の王太子。

 フェリクス=オルコット=クレアシオン。

 クリムゾンと同じくレイラを求める男。


『主。1つ言っておきますが、元はと言えば、貴方が無駄に煽りまくるからですよ。権力のある男相手にあそこまで煽ったら、こうなるのも当たり前です』

「レイラには、強力な番犬が居たはず。彼女の兄の執着ぶりを見たでしょう?」

 公爵令息として参加した夜会で、レイラの兄のメルヴィンは、事あるごとにクリムゾンを目の敵にしていた。

『ふむ。そういえば、あの兄君の警戒網は信用に値したような……。やりますね、フェリクス王子』

「結局、権力には抗えないんですよ」

 フェリクスは、権力を使ってレイラを己の婚約者にした。つまりは、命令したからに違いない。

 王家の者の命令ならば、レイラは断ることなど出来ないのだから。

 侯爵家の長男であるメルヴィンの存在があるから、普通ならばそう簡単に婚約出来ないはずだった。


「権力で無理矢理、手に入れてそれで満足なのですかね?婚約以来、警戒網がこれでもかとばかりに敷かれているせいで、近付けやしません」

 異界を経由して入り込むことは可能だが、恐らく異界から出た瞬間に捕縛されるだろう。

『ああ。あれはすごいですね。魔力の糸が雁字搦めになっていますからね』

 細い細い魔力の糸は目に見えない。下手すれば精霊ですらもそれを見破れない程、細い。空気中の魔力と同化しているためだ。

 実験に耐えてきたクリムゾンは、人一倍魔力探知に長けていたから、たまたま気付いたが普通は気付かない。

 その不可視の糸がレイラの主な行動範囲に張り巡らされている。少しでも触れたら、その糸が集まって侵入者に絡みつく。どうやらクリムゾンの魔力反応を王太子は覚えていたようだ。

 それをレイラの兄と共謀して、魔力の糸を張り巡らせて、言葉通り囲い込んだ。

 ……感情を顕にしたせいで、きっと魔力が漏れ出たせいだ。本当に冷静さをなくすと良いことがない。

「あの男の執着の強さが窺えますね。そんな重い愛情に絡め取られるなんて、レイラが可哀想です」

『これは異なことを言いますね。どっちもどっちですよ。王太子も主も似たようなものです。正しくは、面倒な男2人に好かれて……ではないですか?』

 否定は出来なかった。自分の執着も相当なものだから。

『あのレディに会うために、己の魔力の性質を完全に誤魔化す術を研究しているのでしょう?』

 あの忌々しい糸に察知されないように、クリムゾンの魔力でないものに変換する。誤魔化すことは出来ても全く別の魔力の性質へ変換するのは難易度が高いのだ。


 レイラの叔父は、属性を克服したけれど、魔力というのは、皆1人1人違い、それぞれに特徴がある。

 それを完全に変換するのは、とてつもない奇跡になるし、それを発明してしまったら魔術犯罪が増えるだろう。


 レイラの叔父の作った人工魔石結晶も諸刃の剣だった。

 あれで犯罪が増えたが、発明品とはそういうものなのかもしれない。

 全てが使い方次第。


「このままレイラに近付けずに、終わる訳にはいきません。俺は彼女の傍にありたい」

 彼女の傍に居るべきは、このクリムゾンである。

 決して裏切ることのない、信頼出来る存在が隣にあることが1番自然なのだ。

 レイラを理解出来るのは自分だけだ。

 似たような闇を持つ2人だからこそ、安心感を得ることだってあるだろう。

 安心して笑うレイラを見てみたい。

 己がそれを出来たら、尚更良い。


 クリムゾンとレイラは別の人間だけれど、その危うさを熟知しているクリムゾンだからこそ、彼女を助けることが出来ると信じていた。


「結局のところ、あの男が隣に居たとしても、レイラの心の叫びを聞き逃すことがあるかもしれません。あの男はレイラの抱える闇を知らないのですから。知らない間に、取り返しのつかないことになっていたら……どうするのですか」

『我が主はあのレディのこととなると、途端に人間のようですね?』

「俺は元々人間です」


 何を言っているのかと己の精霊を睨みつける。

 人外になったつもりなどない。


『投げやりになって斜に構えるより、良いですよ。面白いか面白くないかとそんなことばかり言っていた主より今の方が、からかいがいがあって愉快ですし』

「それは褒めているのですか?」

 少々落ち込んでいたのを悟られていたのかもしれなかった。


『1つ教えてさしあげましょうか、未熟な我が主。どうしようもない程の焦燥感と執着。身を焼くような嫉妬心。独占欲。焦がれてやまないその情熱的な感情の正体』

「……言わなくても分かってますよ」

『貴方は一途な獣。番と定めたならば、その想いを一生抱え続けるのでしょう』


 ああ。それは何て苦しい呪い(あい)なのだろうか。



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