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私は彼のことが好き。
この婚約が仮だと理解していても、私の婚約者に他の女性が近付くのはなんとなく気に入らなかった。
私、あれだけ付き合う気はないと言っておきながら、いざ婚約してみたら、独占欲みたいなものを抱いてる。最低だ……。
なんて女々しい。なんて自己中心的。
自己嫌悪しながらも、自分の感情がコントロール出来ないことに絶望した。
今でも結婚したくないと思っているのに、それでもなお、謎の執着と独占欲。
なんて醜いのだろう?
リーリエ様の言葉は、それを嫌でも自覚させた。
平静を装いながらも、声は固くなった。
「今は、そういう話をしていません」
「それならそうと言ってくれれば良いのに」
どういうつもりなのだろう?
リーリエ様はさっぱりとした笑顔で、微笑んでいる。
「フェリクス様は誰のことを好きでもない。でも私たちはフェリクス様のことが好き。これってライバルっていうんだよ? だから正々堂々恨みっこナシ!」
「……ちょっと待ってください。今、そういう話では──」
「私、さっきレイラさんにキツいこと言われたけど、レイラさんのこと嫌いにはなれないの。きっと私たち仲良くなれると思うよ!」
何故にフレンドリー?
悪意がないことも、彼女が純粋な性格であることも、良くも悪くも前向きなのも分かったけれど、とにかく話が通じない。
フェリクス殿下が先程ハッキリ言ったというのに、話が流されて結局有耶無耶になっている。
なんだろう。すごくモヤモヤして気持ち悪い。
フェリクス殿下の方を見やると、衝撃に固まっていた。
無意識に胃の辺りを押さえているのは癖だろうか?王太子なのに……。まだ15歳だというのに……。
「私の頑張り次第では、王家に認められるかもしれないもの! 好きな気持ちは負けないよ! 恋心は世界を変えるし、それに──」
おかしな方向へ突き進みそうになるリーリエ様にフェリクス殿下もおかしくなった。
内心慌てていたのか、リーリエ様があまりにも1人でベラベラと夢物語を語るからそれを止めようと思ったのか、彼は喋り続けるリーリエ様に慌てて割り込んで遮った。
「ちょっと待った、待って、待って。お願いだから待ってくれ! リーリエ嬢。あまりにもアレ過ぎておかしな方向へ直行しそうだから、言うけど、私はこの婚約に賛成しているどころか、レイラのことを心から愛している! だから貴女のことを好きになるなんて有り得ない! ついでに言うと私は一途だ!」
フェリクス殿下は何を言っているんだ。
先程まで兄の手前、私の名前を呼び捨てになんてしなかったというのに、珍しく焦っている。
それにしても、あ……愛って。その単語に顔が熱くなって、ドキドキと胸が高鳴る。
どうして、そんなことを言うの?
最近の殿下はおかしい。彼は私じゃない私のことが好きなのではないのか?
まさか本気で彼が私のことを愛している訳ではないはず。
その証拠として、私の正体は未だバレていない!
そりゃあ、友人として仲間意識みたいなものは芽生えているだろうけど。
これはアレか。いわゆる言葉の綾という……。
ついに疲れ過ぎてあんな風になったのではないだろうか。
「どうしよう。疲労でフェリクス殿下が壊れた……」
『ご主人は、さり気なく残酷だな』
何故、私はルナに呆れられているのだろうか。
「ふふ。フェリクス様ったら、そんな無理しなくて良いのに!そう言わされているんだよね? だって相手は侯爵令嬢だもの」
「そうですよ。フェリクス殿下。無理して好きなんて言わなくて良いんですよ! あ。でもリーリエ嬢。貴女とフェリクス殿下の結婚だけは有り得ないから。殿下は侯爵家以上の令嬢と結婚するって公表しているからね」
『そこの兄。お前はどちらの味方だ……』
混沌としている。なんだろう。この会話は。
あ。フェリクス殿下の目が死んでる。
リーリエ様はお兄様に言われたことにも、「まだ分からないじゃないですか」と反論していてめげない。
お兄様も「リーリエ嬢だと身分も教養も足りないんだって」と応戦している。
この無駄な明るさがいわゆるヒロイン力なのだろうか?
どうしよう。頭が働かなくなってきた。
さっき、決定事項って言ってたよね?
私の聞き間違いじゃないと思うんだけど。
そういえばゲームのヒロインのリーリエは、こんな風にレイラに爽やかに宣戦布告をして、切磋琢磨すべく努力を始めた。
これは遅れに遅れたシナリオの1つなのだろうか?
いや、既にシナリオは破綻している。
私はフェリクス殿下に想いを伝えるつもりなどないし、この婚約だっていずれは破棄されることになるのだから。
『ご主人。茫然自失としているところ悪いが、周りに人が集まってきたぞ』
様子のおかしさに人が集まってきたらしい。街道の端に馬車を停めたとはいえ、お兄様とフェリクス殿下が並んでいるから目立つのだろう。
「リーリエ嬢。人の目はあるし今、この話は止める。……色々と言いたいことはあるけど、とりあえず少しだけ。これ以上レイラ嬢に余計なことは言わないように。それと貴女との結婚だけはないから」
フェリクス殿下がリーリエ様にハッキリと言い放った。
リーリエ様はむうっと頬を膨らませる。
「フェリクス様が私を好きになるかもしれないじゃない」
「いや、だから──っと」
周囲に人が集まって来たので、フェリクス殿下は口をつぐんだ。
とりあえず私も、今は引き下がることにした。
この日、頑張ると息巻いていたリーリエ様だったが、面白い程、彼女はフェリクス殿下に近付くことが出来なかった。
孤児院に行く前に王都散策をしていたのだが、偶然か必然か……見事すぎるくらい、近付けていない。
何故、近付けないって?
『何……だと……? 王太子とあの兄が見事な連携で、女の接近を許さない……だと!?』
「どう見ても事前に計画していたとしか思えない……」
つまりは、お兄様とフェリクス殿下の連携プレイである。
リーリエ様がある一定の距離に踏み込もうとした瞬間、さり気なくフェリクス殿下は私に笑顔で話しかけて、すぐ横のリーリエ様をすらりと避けて、私を少し先へと連れて行く。
もしくはお兄様が、リーリエ様にダル絡みをする。
『レイラと同じ女子として聞きたいんだけど、どっちのバッグが可愛いと思う?』
『えっ……?』
『妹に買ってあげたいんだよね。どちらの品が彼女に相応しいと思う?』
と、まあこんな感じによく分からない絡み方をして、殿下へ一定の距離以上は近付けさせない。こちらもまたスマートにさり気なく行われる。
リーリエ様がフェリクス殿下の元へ非常識な接近を試みる度に、2人は交互に動いた。
見事なコンビネーションで私に話しかけたり、リーリエ様に話しかける。
お兄様はさり気なく、私とフェリクス殿下を守るように前に立ちはだかりながら、私へとシスコン全開で話しかけている。
2人、案外仲が良いのかしら?
時折、さり気なく目配せしているのも見受けられる。
自然に行われているので、リーリエ様は全く気付いていない。
私とリーリエ様が話す機会もあまりない。さり気なく、違和感ないように妨害が行われているのがすごい。
殿下とお兄様の独壇場みたいな。
それに、シスコン全開のお兄様もさすがに今日は自重したのか、フェリクス殿下が私に声をかけても目くじらを立てたりしていない。
そしてある時、雑貨屋の前に居た時のこと。
焦れに焦れたリーリエ様は勢い良く、店先の品物を眺めている殿下の背中に突進しようとした。
騒ぎまくるのは目に見えていたのか、お兄様がハンカチでリーリエ様の口を塞ぐと、店の裏口へとササッと連れて行った。
「おそらく、5分で帰ってくると思うよ。私が言うより年上が言った方が効果あるかと思って、メルヴィンには頼んでおいた」
5分って。やけに明確というか、細かいというか。
どうやらリーリエ様にお小言を言うらしい。
そういえば、私はお兄様の怒ったところを見たことがないけれど、どうやって怒るのだろう?
「さて、ようやく訪れた5分間の自由だけど」
「……? 5分間の自由ですか?」
「制限があるのは不都合だし、窮屈極まりないけどね。裏を返せば、その制限の内は自由が保証されているとも言えるんだ。メルヴィンにとっては盲点だったね」
「意味が良く……え?」
突然何を言い出したのだろうと見上げていれば、ふいに彼が身をかがめた。
柔らかくて熱いものが、私の頬に掠めるように触れた。
え?
金髪の髪がすぐ近くで揺れているのが、どこか現実感を伴っていて。
え? 今、頬にキスされた?
それを見ていた周囲の人がざわめくが、フェリクス殿下は唇に人差し指を当てると、悪戯めいた表情で彼らに微笑んだ。
「レイラ。君のお兄さんには内緒にしてね。私が怒られるから」
頬が紅潮した私に何かを渡すと、殿下は店の中へと入っていった。
「え!? どういうことなの!?」
『落ち着け。ご主人。兄に露見するぞ』
それはマズイ!だけど、この熱はなかなか治まってくれそうになくて。
「どうしたの? レイラ? そんな真っ赤な顔して」
何やら青ざめたリーリエ様を連れたお兄様が帰って来てしまったのだ。
えっと? お兄様、リーリエ様に一体何を……? 青ざめているけど!?
いやいや、待った。それも気になるが、今はそれどころでもない。
どうしよう? 明らかにフェリクス殿下と何かありましたと言わんばかりの状況だ。
お兄様に知られるのも恥ずかしい。
だって、頬にキスって。
待って。殿下にとっては軽い挨拶なのかもしれない。
ほら、友人同士のキスって外国ではあったじゃない。
それか婚約者同士の仲の良さをアピールしているのかもしれない! たぶん。
と、とりあえずまずは落ち着こう! うん! お兄様に変な風に思われる。
とは言いつつも、頬に触れた柔らかな感触が蘇って来て、平静ではいられない。
「レイラ、もしかして」
ああ、終わった。面倒なお兄様が降臨する……。
覚悟し始めた時だった。
「その手に持ってるの、巷で有名な恋愛小説じゃない?」
「え?」
お兄様が指差した先。私の手の中にあるのは、さっき殿下が私に渡したものだ。
それは1冊の本。
「あはは。レイラってば可愛いなあ。恋愛小説でそんなに顔を真っ赤にするなんて。うん。照れたレイラは可愛い。ようし。それが欲しいならお兄様が買ってあげるよ」
なでなでと頭を優しく撫でられる私は、若干戸惑いながらも、とりあえず理解した。
どうやら殿下のおかげで、危機を脱したらしい。
『あの男、抜け目ないな……』
ルナが呆れながらも感心していた。
その後、雑貨屋の中へ入っていたフェリクス殿下が何事もなかったように出てきて、「これ、弟の土産にしようと思って」と上機嫌で出てきた。
殿下はどういうつもりで私にあんなことをしたのだろう?
こっそりと物言いたげな視線を向けても、彼はどこか嬉しそうに笑うだけ。
「フェリクス殿下は、弟が好きなんだなあ」
『いや、そなたと一緒にされるのは、王太子も不本意だろう』
的の外れたお兄様の感想には、ルナがすかさず突っ込みを入れていた。
お兄様が何を言ったのか分からないけれど、リーリエ様は青ざめきって少し大人しくなっていた。
そうしてしばらく散策した後、孤児院に向かうのかと思っていたのだが……。
「はい? 今日は孤児院訪問は中止ですか?」
「うん。向こう側がね、迎えられる状況じゃないから、またの機会にね」
「そうそう。レイラ、今日は帰ろうか」
「孤児院、行かないの?」
話に置いてけぼりにされる私とリーリエ様。
フェリクス殿下とお兄様の間で何かやり取りされていたのか、帰る準備が粛々と行われ、皆別々の馬車に乗り込んだ。
「えっ? もう帰るの?」
この時には青ざめていた顔が戻っていたリーリエ様。
納得の行かないリーリエ様だったけれど、彼女も男爵家へと帰されることになった。
だから、私とお兄様も屋敷に帰り、殿下も王城に帰られると思っていた。
しばらくガタゴトと馬車に揺られて、扉を開けると。
「お疲れ様。2人とも」
何故か孤児院の前に馬車は停止していて、同じく馬車から降りたと思われるフェリクス殿下が迎えてくれた。
「……!? 帰るのでは!?」
「ごめんよ。レイラ。孤児院訪問の予定は変わらないんだ。ああ……やっとレイラを抱き締められるよ……!」
『変態!』
ルナが短く叫ぶ。
後ろからお兄様に抱き締められ、思わず私は振り解こうと藻掻いた。
ううっ。離してくれない!
「ごめんね。ちょっとリーリエ嬢も一緒なのは問題があるから、彼女には外してもらおうと思ってね。気が付けば一芝居してた」
「殿下も突然すぎますよ。突然パターンxxだなんて」
「忙しなくて、すまない。……まあ、そういう訳だから、孤児院訪問をするよ」
目の前には前とは別の孤児院。
結局、この日は予定通り訪問が行われたのだった。
ちなみにお兄様が何をリーリエ様に言ったのか気になったので聞いてみたところ。
「もしもフェリクス殿下に完全に嫌われたら、その末路を物語風に分かりやすく5分で語ってみせたよ? 最終的には、リーリエ嬢の目の前で他の女と睦み合うシーンを……」
R18展開を堂々と語るのは止めて欲しい。
『成程。青ざめる訳だ』
そういえばお兄様は、私に物語を読み聞かせたいと努力した結果、臨場感溢れる語りが出来るようになっていたことを思い出した。




